舞台「WORLD〜Change The Sky〜」が6月27日(日)、なかのZERO大ホールで幕を開けた。本作は、2013年に初演、2016に再演が行われた「WORLD」の第3弾。校條拳太朗演じる1人の男が、愛する人のために連続殺人犯となるサスペンスで、出演者には杉江大志、AKB48・佐々木優佳里らが名を連ねる。
初日に先立ち実施された公開ゲネプロと囲み会見の様子を、劇中ショットとともにレポート。主な人物説明とおおまかなあらすじをネタバレにならない範囲で紹介するが、まっさらな状態で楽しみたい人は観劇後に読むなど注意をしてほしい。
それぞれの正義がぶつかりあうサスペンス
東京拘置所の接見室。文潮社の記者・浅沼(田中稔彦)が死刑囚である瓜生(武智健二)に話を聞いている。浅沼は瓜生からの一通の手紙に興味を持ち、ここを訪れたのだ。
瓜生が出した手紙には、自分が死刑判決を受けた事件の他に犯した罪や暴力団と警察の癒着についてが書かれていた。そして、「仮釈放した隣の独房の囚人と語り合ったんです。同じ境遇である我々が必ず制裁を加えるべきだ」ともつづられていた。
仮釈放された囚人による警察への制裁…浅沼はジャーナリストとして追跡取材をすることを瓜生に約束する。
場面は変わり、深夜の東京。派出所で当番中の警察官が何者かに殺害された。大量の返り血を浴びたはずの犯人の痕跡は、降り続く雨によって洗い流されてしまった。警察は「レインコートの男」と称される犯人の行方を追う。
そしてまだ雨が降り続ける明け方、同じく「レインコートの男」によるもう一つの殺人事件が起きる。夜中に殺害した警官から奪った銃を使った犯行だった。
新宿南警察署の捜査一課は、警官を狙った怨恨の路線で操作を進めていたが、2度目の犯行の被害者は“組”の元構成員。「レインコートの男」の狙いはどこにあるのか…。
時はさかのぼり2003年。雨の降る深夜の奥多摩の孤児院で、保育士が地域警察官である恋人に殺害された。何度も求婚したが断られ、暴走した独占欲によりつい手をかけてしまったのだという。
この事件と2021年の連続殺害事件とが“不動産”という一つのキーワードで結ばれていく。
「何も変わらない」と思ってしまう今だからこそ…
観終わってしばらくしてから、じわじわと心が重くなる作品だ。日常的に「そういうものだからしょうがない」と自分を納得させていることに対して「それでいいのか?」と静かに問いただされているような気持ちになる。
本作に生きている人間たちも、皆、立場は違えど心の中にいらつきを抱えている。しかし自ら大きく行動を起こせば、今ある平穏は失われてしまうかもしれない。そう思い行動に移せない者、自分の手は汚さずに行動に移す者、さまざまだ。
ジャーナリストとして世の中の不正を追及し世に知らしめたいと思う者、社を守る責任のある編集長…マスメディアにもさまざまな“大人の事情”があり、立場に苦しむ人々がいる。
本作においては、日本と人々を守るべき警察も、社会と断絶された清廉潔白な集団ではない。“上”がいて、その指示は絶対だ。熱い思いを抱いて捜査にあたればあたるほどジレンマは大きくなる。
社会人であれば「会社が決めたことだから」「上司がそう言うから」、そして今、日本に生きている身として「自分一人だけが声を上げたところで何も変わらない」と不満はありながらも諦めていることは誰にでもいくらでもあるだろう。
「WORLD」とタイトルを聞くと、世界規模で壮大なファンタジーに満ちたストーリーを想像するかもしれない。ポスタービジュアルの色使いもほんのり近未来的だ。しかし描いているのは、自分を取り巻くごく身近な“世界”であり、誰にでもあてはまる状況だと言える。殺人を犯すところにまではいかなくとも「こういう“いらいら”ある」と強い共感を覚える。
舞台としては、場面転換や畳み掛けるような早口と重ねられる会話に、ドラマや映画のような映像の世界的なものを感じる。いわゆる大げさな舞台用の芝居ではなく、一つのシーンで例を挙げれば、本物の事件現場ではこうやって刑事同士が短い言葉で会話を投げ合っているのだろうなと思わせる。実にリアルだ。
決してハッピーエンドではない。また、単純明快なストーリーの明るく楽しい話でもない。しかし、こうして日常に我慢を強いられ、それでも「仕方ない」「何も変わらない…」と思っている今だからこそ観てほしい作品だ。
校條拳太朗演じる三上龍司。連続殺人犯と聞けば、恐ろしく狂気に満ちた人物なのだろうと想像するが、龍司はどちらかと言えば気弱で優しく素直で平凡な青年に見える。だからこそ、誰でも龍司になる可能性があるのだと感じる。
会見で校條は、本作と役を振り返り「もしかしてこの裏ではこんなことが起きているんじゃないか…と思うようになりました」とコメント。「作品であって作品ではない、誰かの人生の一部を切り取って瞬間をお見せしているようなものです。正義というのは本人だけのもの。観劇後、周りの景色が違って見えたら嬉しいです」と呼び掛けた。
杉江大志演じる相沢顕示。龍司と同じ奥多摩の孤児院で育ち、保育士である玲香と一緒に、買ったばかりのマイホームで幸せな新婚生活を送っている。玲香との会話の端々に、今手の中にある平穏な幸せを逃したくないという気持ちが見える。
会見では「初めて台本を読んだ時、シンプルにすごく面白いなと思いました。まずはそれを楽しみに、その中からちょっとだけ『こんな風にも考えられるな…』と考えてほしいです」とし、顕示の思いが爆発する瞬間の芝居は、内部に重いものを抱えている芝居をさせるのであれば、この人以外にはいない、と改めて思わせてくれる。
18年前に姉を殺された、飯島久瑠美を演じるAKB48・佐々木優佳里。感情を抑えた中にも悲しみと憎しみが全身にあふれる演技に注目してほしい。
佐々木は「18年間(憎しみを抱えて)生きてきた久瑠美の気持ちをブレないように一生懸命演じたいです」。「WORLD」に3作連続出演している金山一彦(国立周蔵役)に「彼女はすごくハートを鳴らしていて、この子を守ってやらなくちゃと強く感じる。演出家も『久瑠美をよく受け取っている』と言っていました」と評価され、はにかんだ表情を見せた。
囲み会見には校條・杉江・佐々木に加え、金山一彦・田中稔彦・柏木佑介・小笠原健・山木透・坂元健児・渡辺裕之が登壇。
3作連続出演する金山一彦は「善があれば必ず悪がある。全部普通になっちゃうとバランスが取れなくていい世の中にならない。こういう世界にどっぷりと浸かってもらって、自分が身の周りの何を変えていきたいと思うか、の原動力になれたら」と思いを語る。
同じく3作連続出演の田中稔彦は「今作は、音楽を前作の半分にしていると演出の菅野さんから聞きました。音楽は作品を盛り上げるのに重要なものですが、普段の身の回りにドラマチックには流れないですよね。そこで生きている人間の息遣いや反応をより感じてほしいという演出の思いなので、その瞬間をキャッチしてください」と楽しみ方をレクチャーした。
記者である葛城役を演じる柏木佑介は「世界を変えるのは難しいけれど、自分が変われば世界は変わる、と(演出・菅野から)聞きました。世の中には“知るチャンス”というものがたくさんあります。これからの人生を生きていく上のエッセンスやきっかけになれたら」と演出家の言葉を引用してコメント。
情熱的な刑事の犬飼を演じる小笠原健は「人間は幸せになりたいから生まれてきたと思うんです。そんな中でもがいて、生きづらい、苦しい、そういう時代です。誰にでも当てはまるしフィクションであるけれどノンフィクションであるような瞬間がすごくたくさんあります。命を懸けて作った作品です、演劇を体感してください」と熱を込める。
さまざまな葛藤に苦しむことになる柳原警視正役の山木透は「一人一人の登場人物が、正義に対して全力で生きています。柳原太三はこの作品の中でもたくさん成長していくので、その成長も見てください」とアピール。
キーマンの一人、不動産ブローカーの景浦を演じる坂元健児は「僕は約20年前に、正義とは、悪とは…そして生きるとは何か? という、サバンナの動物しか出てこない作品でキングを3年ほど演じました」と笑いを誘いながら、「今回の作品も、人それぞれに正義と悪があります。観ていただいて、ちらっと考えていただけたらいいなと思います」。
警視監を演じる渡辺裕之は「キーマンです。観てのお楽しみです」と含みありげにニヤリ。「今、やまない雨や明けない夜はない、ということを信じようとしています。でも果たして今の日本が、雨がやみ夜が明けたところで晴れるか? と言えばそうではないような気がします。決して楽しいストーリーではありませんが、そうであるが故に幸せや信じ方に気づくと思います」と呼び掛ける。
最後に金山一彦が「真っ暗なトンネルの中をひたすら小さな明かりを目指して走り続けてきたような役です」と自身の役を説明。「変えたいな、変わりたいなとちょっとでも自分が変わりたいと思っているものに対しての結城や原動力を感じ取っていただいて、変化に怯えず突き進んで行けるものが芽生えたら」と作品の見どころを語った。
取材・文:広瀬有希/撮影:ケイヒカル
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