2022年3月26日(土)、東京芸術劇場シアターウエストにて、劇団スーパーエキセントリックシアター(以下、劇団SET)による演歌ミュージカル「明日に唄えば~清き一曲お願いします~」が初日を迎えた。
劇団SETの最新作となる同公演では、難しいと思われがちの選挙を題材に、演歌の名曲に載せて、日本風ミュージカルとして上演する。脚本は吉井三奈子、演出はおおたけこういちが手掛ける。
本公演では2012年のデビューから丸10年となる岩佐美咲が初めてミュージカル主演にチャレンジ。AKB48の元メンバーである岩佐は、グループに入る前から本格的にダンスレッスンに通い、演歌歌手としてデビュー後は、歌だけでなく芝居に挑戦してきた。今回演じる元演歌歌手の千春は、まさに岩佐にぴったりの役どころといえるだろう。
千春を支える風太役には、数々のミュージカルに出演し、舞台を中心に活躍する百名ヒロキ。そして千春のライバルとなるベテラン政治家・根来川役は、モト冬樹が演じる。
2.5ジゲン!!では、初日に先立ち実施されたゲネプロを取材。極力ネタバレを控え、その模様を舞台写真とともにお伝えする。
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物語の舞台はある地方都市。元演歌歌手の千春(演:岩佐美咲)が芸能界を引退して故郷に戻ってきたところから始まる。志半ばで帰ってきた千春は元気がないのだが、そんな千春を両親は温かく迎える。
しかし「燃え尽き症候群」になってしまった千春は、仕事を探すこともせず、家に引きこもる生活を送っていた。そんな千春を心配した父親(演:佐藤伸之)は、地元の政治家・根来川(演・モト冬樹)に千春を根来川の選挙事務所で働かせてもらえないかと頼み込んだ。
千春はあまり乗り気ではなかったが、「元演歌歌手」ということを知られ、ウグイス嬢としてアルバイトをすることになる。千春の仕事ぶりは評判が良く、偶然にも千春が演歌歌手だった時に熱烈なファンだったという選挙管理委員会の事務局で働く青年・風太(演・百名ヒロキ)が登場し、ちょっとした騒ぎが起きるのだが、せわしなく毎日が過ぎ去っていった。
ある日、千春が根来川の事務所で留守番をしていると強盗が乱入してきて大パニックになる。このような異常事態に、町で何が起きているのか風太に尋ねる千春。風太の話を聞いて、町長さえも反論できない根来川の絶対的な権力に疑問を持つようになった千春は、自らが町会議員選挙に立候補することを決心する…。
千春を演じる岩佐美咲は、今回がミュージカル初主演とは思えないほどの落ち着いた演技を披露していた。演歌歌手を諦めて故郷に帰ってきた千春が、意図しないとはいえ根来川の選挙事務所で働き始め、そこから政治や選挙に関心を持って自らが立候補しようとするまでの気持ちの変化を、実に自然にそして丁寧に演じている。
「演歌ミュージカル」というだけあって、オープニングで岩佐は、自身の持ち歌でもある「ごめんね東京」を披露し、中盤では「人生一路」を熱唱するなど、まさに演歌のオンパレード。演歌に詳しくなくても、どこかで耳にしたことがある曲がたくさん披露される。劇中、年配の女性たちが千春の歌に感激し「歌って、歌って!」とお願いするシーンがあるのだが、岩佐が歌う演歌は、聴いている者を非常に心地良い気分にさせる。
そして本作は、歌だけではなくダンスシーンも満載だ。演歌にダンスに、岩佐の本領発揮といった場面がところどころにちりばめられている。
千春の元ファンで、選挙管理委員会で働く風太役を演じるのは、百名ヒロキ。数々のミュージカルに出演経験がある百名は、歌にダンスに大活躍だ。風太は、演歌歌手時代の千春の大ファンで、千春のグッズを持っているほど。思いがけないところで千春と出会い、思い切りテンパってしまう。その様子は思わずクスッと笑ってしまうほどのユニークさだ。
その様子から不審者と勘違いされてしまい、千春は風太に関わらない方がいいかも…と思ったりするのだが、次第に風太の誠実な人柄が分かり、いろいろと頼るようになっていく。
風太を演じる百名の注目ポイントは、千春とどんなに親しくなっても「ファン」としての態度を崩さないところだ。「推し」がいる人には風太の気持ちがよく分かると思うが、とにかく千春と話す時は常に緊張し、半面喜びを隠せない…という「ファン心理」を上手に表現している。そんな風太がとてもかわいらしいと感じる人は筆者だけではないだろう。
そして千春のライバルとなる根来川を演じるモト冬樹はベテランの貫禄。モトが舞台に登場すると、場がビシッと締まる。いかにも悪事に手を染めていそうな横柄な態度なのだが、その中でも、時折笑いを取りにいくところがさすがだ。
全体を通して、本作は非常に分かりやすい物語展開となっている。夢破れて東京から地元に戻り、今まで分からなかった地元の問題点に気付いた千春が、なんとかしようと立ち上がる…。一人の女性が政治や選挙に関心を持つきっかけがとても自然に描かれているし、演歌の名曲やダンスに載せていくことで、少し敬遠したくなる政治や選挙という話にスッと入っていけるのだ。
上演時間は1時間45分。演歌の名曲と華やかなダンスであっという間という感じると思うが、千春のバイタリティー、百名のコメディー満載の演技、モトの貫禄、そして出演者全員の芸達者ぶりから元気をもらえる時間になることは間違いないだろう。
ゲネプロ終了後に、囲み取材が行われ、岩佐美咲が登壇した。一問一答形式で紹介しよう。
ーー初めてのミュージカル主演ということで、ゲネプロが無事に終わった感想は?
お芝居の経験は出演者の皆さんに比べると少ないと思いますので、出演が決まった時は、自分に務まるのかという不安がありましたが、周りの皆さまに助けていただきながら、なんとか今日を迎えることができました。昨日劇場に入って、実際に演じてみるとお客さまがいらっしゃる姿が想像できて、お稽古では頑張ることでいっぱいいっぱいだった気持ちが、「楽しみだな」という気持ちがわいてきました。新しい私を見ていただけるように一公演一公演を大事にやっていきたいと思います。
ーー今夜から本番7公演が始まります。公演を乗り切るために気を付けていることやコツはありますか?
1カ月近くお稽古だったと思えないほどあっという間で、昨日お稽古初日だったんじゃないかというぐらい、必死にやっていたからか一瞬の出来事のように感じていました。公演が始まるとあっという間に5日間、7公演が終わってしまうんだなと思うと、初日が開けていないのに今から寂しいな、終わっちゃうのか、いっぱいお稽古したのにな…と思ったりしています。でもそれが舞台というものなんだなと。いかにして1カ月近く稽古してきたことを7公演で出し切るかが大事だと思っているので、全力でやろうと思っています。
ーーミュージカルは初めてだと思いますが、通常の舞台との違いはありますか?
歌うシーンが結構ありますが、芝居の時は、芝居の世界にいるので、お客さまの顔を見ることができないけれど、歌のシーンになると自然と客席の方へ目がいきます。その時だけはお客さまの前で歌わせてもらっている気持ちになるので、なんだか不思議な感覚です。
私が演じる千春は、10年間演歌歌手をやっていたというキャラクターで、私もデビューしてまるまる10年やらせていただいているので重なる部分があります。お芝居をしながら千春でもあり、私でもあるような感覚を感じます。
ーー千春を演じていく上で気を付けたこと、役作りについてお聞かせください。
千春は、性格的にもわりと自分に似ていると思うところがあります。例えば頑固なところや負けず嫌いのところ、サバサバしているところは似ているので、本来の自分に近い感じかなと思っています。
ーー選挙というテーマに関しては、どのように感じましたか?
私自身もお芝居をやらせてもらったことで、政治や選挙に関して考えるきっかけになりました。選挙は誰にとっても他人事ではなく、関心があって当然のことだと思うんです。劇中でモト冬樹さんが演じる根来川さんは、悪者っぽい感じで描かれていますが、根来川さんが言っていることも正しいなと思うんです。千春の志は素晴らしいけれど、それだけではどうにもならないというのも確かにそうだな…と思うし。改めて政治や選挙は難しいなと思いましたが、これから考えていく上で、この芝居で学んだことは活かせると考えています。
ーー芸達者な共演者の皆さんといい座組になっていたと思いますが、稽古で印象的な出来事はありましたか?
皆さんには本当にいろいろなことを教えていただきました。モト冬樹さんとは初めてご一緒させていただきましたが、すごい方なので初めてお会いする時は「どんな方だろう…」と心配していました。実際にお会いすると、すごく優しくてきさくな方で、よく話しかけてくださいました。お芝居に関してもアドバイスをくださったりして、本当に助けていただきました。
ーーダンスシーンはいかがでしたか?
AKBを卒業してからはほとんどダンスをしていなかったので、昔ほどは足が上がらなかったです。短いシーンでしたが、筋力が低下していることがはっきりと分かりました(笑)。でも小学校1年生の時からダンスを本格的にやっていたので、久しぶりに激しく踊ってやっぱりダンスは楽しいなって思っています。
ーー本作にかける意気込みをお聞かせください。
今回演歌ミュージカルということで、新しいジャンルでありますし、たくさんの方に観ていただきたい内容でもあります。私にとっても初めて主演を務めさせていただくということで、緊張と不安はありますが、始まってしまえばあっという間だと本当に思います。会場に来てくださる方は、大変な状況の中で足を運んでくださる方たちなので、感謝の気持ちを持って、皆さんが観終わったあとに「エネルギーをもらったな、明日からまた頑張ろう」と前向きな気持ちで帰っていただけるように、私たちもそういうエネルギーを出して、それを皆さんに受け取ってもらって帰っていただけるように全力でやっていきたいと思います。
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演歌ミュージカル「明日に唄えば~清き一曲お願いします~」は、3月30日(水)まで上演。
取材・文・撮影:咲田真菜
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