糸川耀士郎が脚本・演出・主演の3役を務める、劇団番町ボーイズ☆第14回本公演「逃げろ、逃げるな。」が3月9日(水)、東京渋谷・CBGKシブゲキ!!で開幕した。
2.5ジゲン!!では、初日に先立ち実施されたゲネプロを取材。ストーリーの紹介は冒頭のみにおさえ、展開の詳細や大きなネタバレには触れずに本作の魅力をお伝えする。
広野隆弘(演:堂本翔平)は気弱でおとなしい24歳の清掃員。先輩の同僚たちから理不尽なからかいと暴力を受けながらも、じっと耐える毎日を送っていた。
その日も、隆弘が酷い仕打ちに耐えていると、1人の同僚の青年が震える声でかばいに入った。彼の名は吉澤アキラ(演:糸川耀士郎)、24歳。アキラに助けられたものの、隆弘はすぐにその場を立ち去る。
アキラは、隆弘が去り際に落とした落とした紙を拾い上げる。そこには一篇の詩が書かれていた。春の到来を喜び、季節の美しさが記された出だしに心奪われていると、隆弘が慌てて戻ってくる。アキラは隆弘に、自分は小説を書いていると告げ、「素敵な言葉ですね」と褒める。
“文を書く”
アキラは、同じ趣味を持つ人間として隆弘に好意を持ち、質問をしながら距離を詰めていく。だが隆弘は心を開かず、立ち去ってしまう。
場面が変わり、電脳世界のオープンチャットルーム。現実世界よりも饒舌なアキラ(のアバター)が、チャットルームのメンバーであるタカ(演:西原健太)とサクマ(演:木原瑠生)に、隆弘との出会いを興奮気味にまくしたてていた。3人がわいわい雑談をしていると、新規入室希望のサウンドとともにシンゴ(演:坪倉康晴)と名乗るイケメンアバターの人物が入室してくる。
書いていた小説の展開に行き詰まっていたアキラは、新しくメンバーとなったシンゴに「小説のインスピレーションをくれ」とねだる。シンゴが口にするポエムにアキラは共鳴し、逆にシンゴはアキラに「書いた小説を読んでみたい」と頼む。
果たしてシンゴは何者なのか。そしてアキラが小説を書く理由と、隆弘の詩の続きとは――。
オープンチャットルーム、Twitter、スペースなど。現実世界とは違うWEBの世界では、ほんの少しテンションが上がったり、そこでしかさらけ出せないような本音を語ったり、逆に自分を“盛って”存在させている人も多いだろう。「あるよね、こういうチャットルーム」と思わず笑ってしまう要素も入れながらも、序盤の不穏な空気を引きずりながらストーリーは展開していく。
アキラは、現実世界では暗くて、人とうまくなじめない。とは言っても、自分の殻に閉じこもりきりの人間ではない。勇気を出せば暴力の現場に止めに入れるし、意気投合しそうだと思えた人物に積極的に絡んでもいける。完全に“陰”のキャラクターではないと言える。
しかし、こと現実世界においては何かに怯え、自分を責める表情を見せる時が多くある。その理由については後々語られる。現実とWEB世界での表情や声色の違いに、序盤から注目して観てほしい。
対して隆弘は、アキラに距離を詰められても簡単に打ち解けようとはせず、なかなか心を開かない。“陰”の方の人間ではあるが、先輩からの理不尽な暴力からは逃げても、職場を去る選択はしない強さを持っている。決して、虐げられているだけの人間ではないと感じる。
アキラは隆弘の詩にインスピレーションを受け、隆弘はアキラの書いた小説に隠された深い思いに触れ、2人は心の距離を縮めていく。
しかしこの話は、単純に隆弘とアキラの心のやり取りと友情の話ではない。隆弘には隆弘の、アキラにはアキラの、そしてメンバーそれぞれの傷と覚悟が徐々に見えてくる。いくつもの傷を抱え、それらに向き合ったり、目をそらしたりしている。
詩も小説も、内なる思いを文字にしてつづる行為は、心の整理であり、吐露であり、告白や懺悔でもあり、時には自分を痛めつけもする。だからこそ、書いた文章には作者の人となりが表れることが多い。自分の感情を詩に乗せていた隆弘の、春を描写する言葉の続きに、彼の心の奥底に触れるような思いになる。
アキラが小説を書くのは、ただの趣味だからではない。さまざまな思いがあって、それらを昇華したり整理をつけるために書いていたのだろう。
序盤に出てくるほんのちょっとしたセリフが大きな伏線になっていたり、あちこちに散らされたものが終盤に回収されるのは心地いい。
演出面では、現実世界と電脳世界との切り替えが鮮やかだ。照明や衣装、音響効果などで舞台に変化を与え、役者の演技を乗せることで人間とアバターでの発言力やテンションの差が分かりやすくなっている。
上着を羽織る、脱ぐ。この差は心の上着の着脱だろうか。そんなことを深読みしながら観るのもいいだろう。
また、配役が絶妙だ。事前のインタビューで糸川が「一番近くで彼らを見てきたからこそ、彼らの良さをもっと引き出せる」と語っていた通り、一人一人が持ち味を生かしながら更に個性が引き出されている。
何かから逃げたくても、逃げられずにそのまま自分を追いつめてしまう人。逃げたこと、目をそらしたことを悔いている人。大小はあれど、きっと誰にでもそんな経験はあるだろう。
逃げた友達を揶揄ったり、逃げたいと助けを求めている人のメッセージを見逃してしまった…そんな人もいるかもしれない。多くの後悔と懺悔が渦巻き、それでも最後は立ちあがって前を向く。
人は、逃げていい。そして、逃げたことを後悔しなくていい。目をそらさずに立ち向かい、周りに助けを求めて這い上がればいい。
誰にでもあるだろう状況を描いているだけに、心のかさぶたがはがれそうになる人もいるかもしれない。けれどもそれ以上に、弱くてもいいじゃないかというメッセージを感じる。
タイトルがそのまま胸に刺さる観劇後。はがれかけた心のかさぶたに、彼らの衣装のような白い包帯が優しく力強く巻かれて、傷が癒やされるような気持ちになる。
初脚本、初演出。糸川耀士郎の強く真っ直ぐなメッセージが伝わってくる作品だ。
公演は3月13日(日)まで、東京渋谷・CBGKシブゲキ!!にて上演される。
取材・文:広瀬有希/撮影:ケイヒカル
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