2月21日(木)に初日を迎えた舞台『文豪とアルケミスト 余計者ノ挽歌』(通称「文劇」)。公演初日に「2.5ジゲン!!」では囲み取材とゲネプロの様子をお届けしたが、魅力的な9人のキャラクターについてはまだまだ語り足りない。
ということで、あらためて今回は「文劇」に登場する9人の文豪と、それを演じる役者陣にスポットを当てて徹底的にその魅力をお伝えしていく。
もくじ
平野良/太宰治役
トップバッターはこのカンパニーの最年長にして座長を務める主演の平野良。
お調子者かと思えば、すぐに落ち込んで自殺を試みる。変わり身が速くつかみどころがない。曰く「愛されるクズ」を目指したという太宰治を演じた。
ひょうひょうとした雰囲気は原作でも感じられるが、そこに演劇のスパイスが加わることで、より暑苦しい鬱陶しさもプラスされている。
無頼派(太宰治、織田作之助、坂口安吾)の3人でいるときはわがままな末っ子のように振舞う。かと思えば、敬愛する芥川龍之介の前では推しを目の前にしたファンのように大はしゃぎ。天敵の志賀直哉や毛嫌いしている佐藤春夫の前では子供のように敵意を剥き出しにする。
コロコロ変わる表情は観ていて飽きない。言うことがあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しないキャラクターだが、それをコミカルに軽やかに演じていた。
前半はダメ人間っぷりがフューチャーされているが、クライマックスにはもちろんしっかりと座長らしい見せ場が待っている。
自身は役どころを「賑やかし」と表現していたが、そんなことはない。物語をラストへと動かしていく台風の目のような印象であった。
おすすめシーンは芥川龍之介とのやり取り。乙女のようにはしゃぐ姿はとにかくかわいい。コミカルな要素もあって何度観ても楽しめるシーンではないだろうか。
陳内将/織田作之助役
陳内将演じる無頼派のひとり、織田作之助。登場するシーンはほぼ坂口安吾と一緒だ。
扱いの難しい太宰治を励まし、慰め、見守っている。そんなお世話役的な役どころをカラッとした気持ちのいい演技で魅せてくれた。
見どころはやはり関西弁。セリフはもちろんだが、リアクションにも「おおきに」といった関西人感が溢れているので、話していないときも注目してみてほしい。
面倒見の良さが随所に見られ、一歩引いて太宰を見守り、そして最後に肩を叩いてやる。そんなシーンが何箇所かあった。
彼自身が抱える苦悩は、バーでのシーンでちらりと顔を出す。一瞬だけとても切ない表情を浮かべるので、その瞬間は瞬き厳禁である。
大好物のあの食べ物もしっかり登場するので、原作ファンは思わずにやけてしまうだろう。
小坂涼太郎/坂口安吾役
黒いメガネの向こうから挑発的な視線を投げかけてくる坂口安吾。長身な小坂涼太郎がキャラクターの性格通り豪快に演じていた。
無頼派ではオダサクと一緒に太宰治に振り回されながら、彼のお世話を焼いている。一見冷めているような態度をとるが、見えないところで太宰のために動いていたりと優しさが垣間見えるキャラクターだ。
長い手足を生かしたアクションには華があった。武器はくないなので大きな武器に比べると派手さはないが、その分接近戦が多く見ごたえがある。
無頼派は客席に絡みにいくシーンもある。安吾も太宰と一緒になって客席に話しかけるので、アドリブも含めぜひ楽しんでほしい。
坂口安吾で目を奪われるのは体のラインが他のキャラクターよりもよく出る衣装とスタイルだろうか。さきほど長身であることは触れたが、脚もすこぶる長い。セットの階段を上り下りするだけでも思わず見入ってしまうほどだ。
レンズ越しに射抜いてくる視線に、うっかり魂を持っていかれないように注意してほしい。
小南光司/佐藤春夫役
人望の人・佐藤春夫を演じるのは小南光司。原作イラストよりも優しい印象の佐藤春夫に仕上がっていた。
太宰のかつての師であり、それ以外にもたくさんの門弟を抱えていた兄貴肌の春夫。みんなに頼られるおおらかな存在感をまとっていた。
印象的なのは彼の背中。客席に背を向けるシーンはそう多くないが、ともに戦う文豪たちの信頼を背負っている背中はとても大きく見えた。
劇中では芥川賞に関する太宰とのやり取りも掘り下げられている。太宰に責められ弱く微笑む姿に思わずキュンとしてしまうだろう。
大きな武器での殺陣は豪快で男らしさがつまっていた。みんなのいいお兄さん的な優しい雰囲気とはまた違っていて、ギャップを楽しめること必至。ぜひ好みの春夫を劇中で見つけてみよう。
深澤大河/中原中也役
詩人・中原中也を演じたのは深澤大河。酒癖が悪く口調も荒々しいが、その言葉のなかにも深みがある。そんな役どころを演じた。
小柄な中也を抜群の存在感で演じていたのが印象的。大きな瞳を生かしてかわいらしい役や幼く見える役を演じることが多い深澤の新境地ともいえる役だったのではないか。
武器よりも酒瓶を手にしている時間のほうが長かったが、今回登場するキャラクターのなかでは唯一銃を使う。銃を片手に俊敏に動き回る姿は、酒癖の悪さなど一瞬で忘れてしまうほどかっこよかった。
ステージのへりや階段に腰掛けて酒を飲むシーンが多い。その際はじっくり顔を観ることができる。顔にかかる金髪からのぞく視線の鋭さを味わってみてはいかがだろうか。
谷佳樹/志賀直哉役
白樺派のひとりでブルジョアな志賀直哉役は谷佳樹だ。王子様集団と呼ばれるにふさわしい王子風の衣装を見事に着こなしている。
白樺派は今回、アドリブシーンが多い。志賀直哉と武者小路実篤の笑いを取りに来る小ネタが随所に待ち構えている。複数回観劇する人は、その日替わりをぜひ楽しんでほしい。
コミカルな要素が多いからといって油断をしていると、クライマックスに向けて重いシーンも控えているので要注意。一気に涙腺を崩壊させられるかもしれない。
おすすめシーンは殺陣。裕福な家庭に育ったお坊ちゃまな雰囲気と、刀をかまえてからの戦闘モードとのギャップが非常に大きくドキリとしてしまう。
日頃慕っている先輩の平野良演じる太宰治との共闘も観られるので、彼のファンはそういった意味でも楽しめるだろう。
杉江大志/武者小路実篤役
白樺派のひとりで志賀直哉と似た王子風衣装をまとう武者小路実篤を演じたのは杉江大志。世間の感覚から少しずれたピュアさが彼の無垢な演技にハマっていた。
志賀よりも前向きな部分があり、根を詰めすぎてしまう志賀のことを心配と呆れのこもった表情で見つめていたのが印象的。
苦労人が多い文豪たちのなかでも恵まれた境遇の武者。それもあってか、他のキャラクターと比べて切羽詰まった雰囲気がなく、どこまでも軽やかである。
見どころはやはり白樺派でのアドリブシーン。台詞がないシーンでも2人は細かい演技を入れているので、メインストーリーも追いたいし、白樺派のやり取りも観たいし、目が足りない!という状態になってしまうだろう。
白樺派のコンビが好きな人にはたまらないであろうシーンがいくつもあるので、ファンは心して観劇しよう。
和合真一/江戸川乱歩役
ストーリーテラーを務める江戸川乱歩を妖しく演じるのは和合真一。生粋のエンターテイナーという設定が、妖しげなストーリーテラーという役回りにも不自然さを感じさせなかった。
原作ゲームを知らずに観劇する人も、彼の説明のおかげで設定を無理なく理解できるだろう。客席とステージ上の世界を結びつけてくれるキーパーソンともいえる。
乱歩の使う武器は鞭。鞭を振るって敵を倒していく姿に思わずしびれてしまう観客も多いのではないだろうか。
中盤まで敵か味方かわからないような振る舞いが多い。裏がありそうな妖しげな笑みをニンマリと浮かべる表情は必見。彼のトリックにはまっているような、摩訶不思議な感覚を味わえるはずだ。
久保田秀敏/芥川龍之介役
今回大きなカギを握る芥川龍之介を演じるのは久保田秀敏。優雅で儚く、そしてどこかつかみどころのない芥川龍之介を好演している。
劇中は多くのシーンでタバコを吸い煙をまとっている。タバコを吸う所作が好きという人にはたまらない役だろう。
感情の振り幅が大きくさまざまな表情を観られるので、おすすめのワンシーンを選ぶのは難しい。その感情の変化こそが、作品を通じての見どころといえる。
かなり手数の多い殺陣も用意されていた。内に眠る感情に翻弄されていく姿、そしてその感情に突き動かされるように振るう刃。シーンによって殺陣に乗せる感情が違っているように感じられたので、そのあたりも楽しんで欲しい。
原作や芥川龍之介のファンは舞台上に組み上げられた“歯車”のセットになにか思うところがあるかもしれない。この作品においてどういう意味を持つのか、考えてみるのも楽しいだろう。
9人の個性が絡み合いながら、文豪たちの世界、そして本の中へと誘ってくれる舞台『文豪とアルケミスト 余計者ノ挽歌』。照明やアンサンブルによる表現も多彩で、劇場を訪れた司書さんたちは新しい形の「文豪とアルケミスト」を味わうことになるだろう。
見目麗しい9人の文豪たちが繰り広げる物語に、ぜひ触れてみて欲しい。
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