2020年12月3日(木)、舞台「HELI-X」が開幕した。
脚本を毛利亘宏、脚色・演出を西森英行が務める完全オリジナルの新プロジェクト。遺伝子工学技術の発展により、性別という生まれながらのしがらみや呪縛から解放された世界で、”HELI-X”と呼ばれる特殊能力者たちを中心とした人間ドラマが描かれる。
初日前のゲネプロでは、鳴り止まない場内の拍手に、ゲネプロでは異例とも言えるダブルカーテンコールが行われた。板の上に立つ役者一人一人が、その役者が演じてこその役であり、熱い舞台だった。
ストーリーやキャラクターの深い背景などのネタバレは無しに、舞台写真とともに見どころをお届けする。
性別変更の権利、しがらみからの脱出
舞台は第三次世界大戦後の島国・大和。遺伝子工学技術の発展により生まれ持った性別からの変更手術「TRANS(トランス)」が可能となっていた。
性的マイノリティを始めとした生まれながらの性別に対して違和感を持つ人々や、社会背景などの重い苦しみにより性別を変更して新しい人生を生きたいと願う人々は多く、TRANSは世に瞬く間に浸透し、人間が生きる上での正当な権利として認められるようになった。
しかし、TRANSは世に”HELI-X”を生み出す。HELI-Xは、TRANSのエラーの副産物とも言えるものであり、さまざまな特殊能力を持つようになってしまったミュータント的な人間のことを言う。
強大な力は暴力を呼び寄せる。詐欺、恐喝、凶悪殺人…。世界的な情勢不安とともに、世界各国ではHELI-Xによる犯罪が多発し、社会問題となっていた。
そのHELI-Xを専門的に取り締まるために大和自治軍の中に構築されたのが、HELI-Xの人間で編成された”螺旋機関”だった。
HELI-Xの存在は国にとって良いものではないと考える大和自治軍情報部将校・ケンジョウテンマ(演:笠原紳司)は、軍を抜けたいと願い出る部下のアガタタカヨシ(演:菊池修司)をスパイとして螺旋機関に転属させる。
配属早々、不可思議な事件の一報。この事件の捜査が、アガタとそして1人のHELI-X、暗殺者・ゼロ(演:玉城裕規)の運命を大きく変えていく。
最強の実力者たちの全力を堪能
本作は、さまざまな隷属や呪縛、しがらみなどからの脱出と解放、独立の物語だと感じた。
暴力的な夫の支配からの脱出、自分の性への違和感と否定からの解放、もう性別などいらないとさえ思うほどの絶望からの脱出。
親からの独立、ユナイトからの独立。従属・隷属関係からの独立は“個”の確立でもある。頭を押さえつけていたものを排除しなければ、個として立てない。TRANSを受ければそれらのしがらみから解放される…。もし現代社会においてTRANSが実装されるのであれば、どれだけの人が施術を受けるであろうか。
TRANSによって救われる者が多い一方、TRANSを良しとしない者、さらには憎む者もいる。
この技術によって人生が変わってしまったHELI-Xたちを中心としたストーリーは、力強く早いテンポで進んでいく。キャラクター一人一人や組織それぞれの背景をゆっくり丁寧に追う前に、まずはこの世界について来いと言わんばかりだ。
しかし、どれだけ速いテンポであってもついて行けないというわけではない。しっかりとした世界観、緩急のある展開、要所要所で挟み込まれる補足説明。
ともすればアニメーションタッチにもなりそうな題材を舞台でしか味わえない味付けにしているのは、強力な実力者たちだ。
ファンタジーと現実を絶妙なバランスで織り交ぜ、一つの世界を作り上げる毛利亘宏。役者一人一人とディスカッションを重ねてそれぞれの奥底から素材を引っ張り出し、彼・彼女たちでなければならないキャラクターを作り上げる西森英行。この2人が組んで面白くないはずがない。
役者たちも実力派ばかり。ダブル主演の玉城裕規、菊池修司の2人はもちろん、伸び盛りの若手から堅実な力を持つ中堅、そして久世星佳、西岡德馬といった名前を聞くだけで震えあがるような実力を持ったベテランが大きな存在感を見せる。
これだけオールスター揃いであればどこを観ていいのか分からなくなりそうだが、そこは安心してほしい。一本のしっかりとしたストーリーと演出で、「観るべきところ」をきっちり抑えてくれている。もちろん推しの定点カメラで観てもいいが、「HELI-X」の壮大な世界を楽しむために俯瞰で全体も見ることをおすすめする。
全登場人物を見どころとともに紹介
ゼロ役 玉城裕規
マフィア「ブラックブラッド」の凄腕暗殺者。演じる玉城は、絶望、怒り、激情、虚無、あらゆる激しい感情を見せてくれる。全身全霊とはこのことだろう。魂をむき出しにした芝居には観る人誰しも、役者・玉城裕規ここにありと感じることだろう。
アガタタカヨシ役 菊池修司
HELI-Xで構成された犯罪者だらけの螺旋機関に転属になった、TRANSを受けていない人間。真っ直ぐで正義感の強い人物。髪型、メイクも含めてシンプルないでたちは彼の実直さを表現している。
クライ役 宇野結也
世界で初めて生まれたHELI-X。物語全体のキーマン。謎めいて堂々とした振る舞いを見せたかと思えば、ふとした表情に見える動揺や困惑が印的だ。クライの存在に「正義とは?」「悪とは?」と考えさせられる。
リュウジン役 輝馬
本作で最も過去が語られる螺旋機関のメンバー。TRANS前の性別である女性的な部分が多く見られる点から目を引きやすいが、そこだけに注目するのはもったいない。彼に気持ちを寄せて観ていると、いい意味で大きく裏切られる楽しみ方もできるだろう。
シデン役 後藤大
繊細な人物で、個として独り立ちしたいと願いながら、もっとも“個”となるには難しい場所にいるのかもしれない。TRANSを受けてもなお苦しんでいる。シデンが強さを持ち自分の足でしっかりと立てるようになったとき、HELI-Xの世界は大きく変わっていくのだろう。
ワカクサ役 立道梨緒奈
アクション、芝居、いで立ちなど全てにおいて、ぐいぐいと目を惹きつけてやまない最高にかっこいいお姉さん。ワカクサの内面は本作ではまだ語られていない。彼女の持つNightmare(ナイトメア)の能力は強い精神攻撃であり、特に対集団戦では大きな武器となる。
シュンスイ役 松田昇大
螺旋機関の中では比較的陽気な元料理人。しかし、その明るさの陰となる大きな闇もある。演じる松田昇大は舞台出演3作目だが、とあるシーンでの狂気的な豹変の演技に目を見張る。また、スタイルの良さがアクションを際立たせている。
アンガー役 塩田康平
常にサッドネスと行動をともにしている。これまでの舞台では元気で気のいいアニキ役が多い印象的だったが、本作では内に情熱を秘める落ち着いた大人の男を好演している。
サッドネス役 星本裕月
名前の通り、サッドネスの全身は悲しみで包まれている。強い悲しみと怒り、絶望。彼女の持つ能力Change(チェンジ)は、望まぬTRANSにより性別変更をされてしまったが故の逃避と渇望だろう。
ケンジョウテンマ役 笠原紳司
大和自治軍情報部将校。螺旋機関の解体を願っている。髭を蓄えた威風堂々たる外見、清廉潔白である軍人らしい白を貴重とした装束。しかし、行き過ぎた正義は、果たして“正義”なのか…。
レスター役 服部武雄
ブラッドの息子。息子でありながらどこか儚く、かわいらしい印象なのは元女性故か。しかし名実ともにブラックブラッドのナンバー2。
ヤサカカズチカ役 北村海
ケンジョウの直属の部下。カリスマ的な強さと魅力を持つケンジョウに心酔しており、彼が「死ね」と命ずれば喜んで命を投げ出すような危うさがある。強大な力に魅了されている人間は、ふと「個」に戻った時にどうなるのだろうかと考えさせられる。
カンザキ役 久世星佳
立っているだけで目が離せない。口を開けば声が腹の底にまで深く低く響き渡る。カンザキ司令は久世星佳あってこそのキャラクターだ。冷徹さと徹底的なまでの厳しさを持ちながら、ふとした瞬間に優しさを感じる。彼女の采配と先見の明がこの物語を作っていく。
ブラッド役 西岡德馬
ゼロの所属するマフィア「ブラックブラッド」のボス。映像の世界での活躍しか知らないという人は、舞台上での存在感の大きさと迫力をとくと味わってほしい。禍々しい雰囲気、悪どさ、闇の中でぬらぬらと光る蛇にも似たオーラが見える。
動き出す「新しく大きな世界」
登場する全キャラクターに「その役者でしかありえない」と感じるのは、事前の徹底的なディスカッションによるキャラクター作りと、そこで生み出された自信によるものだろう。
内面や過去が語られているキャラクターは少ないが、今後一人一人がクローズアップされ、中心人物として活躍してもおかしくないほどの設定を背負っている。
ノベライズ「HELI-X STORYS 1」を読むと、2人のある人物をさらに知ることができるとともに、キャラクターそれぞれの衣装に込められた設定や願いも見られる。読んだ上で2度目の観劇をすれば、より楽しめるだろう。
特殊能力ものとして、深く考えずにそのまま楽しむこともできるし、大きなメッセージをくらって苦しみながら沼にはまっていくのもいい。
世界観を楽しめる壮大なストーリー、実力者たちによる芝居、派手で緊張感があり見ごたえ抜群のアクション、洗練された映像…舞台「HELI-X」にはさまざまな楽しみ方ができるパワーがある。
能力者それぞれの持つ能力は、ただ「何となくかっこいい」だけでつけられたものではない。
例えば、望まぬTRANSにより性別変更をさせられてしまったサッドネスはChange(チェンジ)、人の気持ちに敏感で繊細な心を持つシデンはPsychometry(サイコメトリー)で、触れた物体に宿された記憶を読み取ることができる。各々の能力に込められた、過去やトラウマ、願いなどを考察していくのもいいだろう。
もちろん生の観劇を推奨したいが、諸々の事情によりそれがかなわない場合は、12月13日(日)の大阪千秋楽公演がライブ配信予定されているので、こちらを観てほしい。映像となったときの新しい本作にも大いに期待できる。
「まだ序章の一部に過ぎない」「新しく大きな世界が動き出した」。そう強く感じさせられた。
撮影:ケイヒカル
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