2020年2月15日(土)舞台「おおきく振りかぶって 秋の大会編」が開幕した。
今回は、2018年におこなった初演の再演と「秋の大会編」両方を同時におこなうダブルヘッダー。初演を見逃してしまった人や、2作続けて観劇して彼らの成長を見たいファンにとって嬉しい公演となっている。
2作目の夏の大会編は、阿部が怪我をしてしまったところで終わってしまっていた舞台「おお振り」。今回はどのような舞台になっているのだろうか? 秋の大会編のゲネプロの様子をお届けする。
なお、大まかではあるがストーリー展開に言及して紹介しているため、展開を知りたくないという方は観劇後に読んでほしい。
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秋の大会が始まる! 阿部の怪我により大きく変わる西浦バッテリーの関係性。三橋はどう成長していく?
夏の大会編では、阿部(大橋典之)の怪我により三橋(西銘 駿)が大きく成長することになった。それまで阿部のサインにすべてしたがって投げてきた三橋が、代わったキャッチャーの田島と一緒に配球を組みたてていく。
怪我をしてしまった自分に対していらだちを募らせる阿部、しっかりしなければと自分を奮い立たせる三橋。西浦高校の夏は、ここで終わった。
本作での出場校は、西浦、武蔵野第一、ARC。武蔵野第一とARCの試合も丁寧に描かれる。
武蔵野第一とARCの試合を観に行く西浦高校。試合後、三橋は榛名(神永圭佑)の肩の筋肉に触れて自分のパワー不足を知り、「振りかぶって投げる」ことを決意。阿部もまた、蓄積した思いを口にすることで、榛名へのモヤモヤとした感情を晴らしたのだった。
秋の大会編、キーパーソンの秋丸(佐伯 亮)。幼なじみである榛名の球を受けるだけで満足してしまっていたが、チームメイトたちから思いをぶつけられる。
お前がもっとやる気になれば榛名が変わる、チームが変わる、そう言われても秋丸は実感がわかない。榛名と秋丸の気持ちのすれ違いが切ないシーンだ。
野球部を指導し、支える面々。今作ではモモカンの過去も語られる。モモカン役は夏の大会編に続いて渡邊安里。あたたかさと厳しさで、悩み苦しむ部員たちを引っ張りあげる。
栄養学やトレーニングについてうきうきと語る、シガポ役・筒井俊作の軽妙な演技に思わず笑顔になってしまう。澤田美紀の篠岡千代は、場を仕切るキビキビとした声と動きが可愛らしい。
試合・練習外のシーンももちろんある。西浦高校の文化祭では、部員たちの「学生」としての顔が見える。私服やお店の衣装も可愛い。
緊迫感のある試合とリアルなヒリヒリした感情。2校のバッテリーの関係性が動き出す
秋の大会が始まった。高校野球の秋季大会は、最も有名である「夏の甲子園」とは別の大会だ。ゲンミツには「秋季高校野球大会」。各地の秋季大会を勝ち抜いた高校が対戦し、春のセンバツに繋がっていく。
西浦の初戦はいきなり武蔵野第一だ。エース・榛名の力強い速球。しかし西浦もただ抑えられてはいない。
「秋の大会編」では、三橋・阿部の西浦バッテリー、榛名・秋丸の武蔵野第一バッテリーとともに、花井(白又 敦)・田島(大野紘幸)の2人の関係も描かれている。田島の代わりに自分が4番を打つ、とモモカンに対して強い態度に出られない花井。
この2人も、ライバル、憧れ、嫉妬、友情……ひとつの言葉だけでは特定できないさまざまな感情で結びついている。
この試合で宣言どおり三橋は「振りかぶって」投げる。それまでずっとノーワインドアップでしか投げなかった三橋の、「自分でこう投げたい」という意思が見え始めた瞬間だったのではないだろうか。
単純に野球的な意味でいえば、振りかぶればそれだけ球に勢いが増す。しかし、阿部のいうとおりに投げていれば間違いないと、いわば「自分がない」状態だった三橋は、阿部が怪我をしたことで大きく成長する。
秋丸もまた、「榛名の言いなり」から「榛名の投げたい球を予想してサインを出す」そしてどんどん意見を出していくようになる。
秋丸役・佐伯亮の演技が非常に光った。やる気がなく、目の光の無い演技から、表情に力が宿ってくる。空っぽだった秋丸の中に、熱がどんどん流れこんでいくのが伝わってきた。
秋丸の熱が高まっていくにつれ、榛名の球も球威を増していく。呼応するように互いを高めていく武蔵野一高バッテリー。榛名役・神永圭佑は、投球フォームひとつで、榛名のテンションと「球威が格段に上がった」と感じさせてくれた。
両校のバッテリーが、互いの姿勢やほんのちょっとした言葉でテンションをあげ、絆を強めていく。信用から信頼へ、憧れから尊敬へ。
高校野球を実際に観たことはあるだろうか。たった一球でそれまでのすべてが崩れていくこともあれば、ふとしたきっかけで崩れかけたものが持ち直すこともある。最終回の攻撃、ツーアウトから数点を入れて入れられて、逆転することは珍しくない。
「おおきく振りかぶって」は非常にリアルな高校野球がえがかれている。野球的な面白さはもちろんだが、友情というだけでは片づけられない、仲間というにはもっと泥くさい、尊敬の中にも嫉妬がまじった、複雑な気持ちが渦巻いている。
エリートでも天才でもない普通の高校生の彼らが、野球に一生懸命になっている姿は美しい。勝ち、負け、歓喜し、涙する。友情と信頼を深め、少しずつ強くなっていく。
3作目。しかしきっとこれでは終わらない「おお振り」の物語。
3作連続して主演の西銘 駿は、しょんぼりとした肩も、猫背ぎみの自信のない立ち姿も三橋そのもの。だがそれ以上に今作では、何とかしようともがき苦しむ少年の苦悩と強さの演技を見せてくれた。
安定感のあるナチュラルな演技は、観客をスッとその世界に引き込んでくれる。座長の貫録と頑張りに拍手を送りたい。
今回シングルキャストの阿部役・大橋は、榛名に対してと自分の中にあるイラだちをリアルに表現し、よりいっそう阿部を等身大の高校生だと思わせてくれた。もともと野球経験者で原作を読んでいたということもあり、球児に対しての思い入れが伝わってくる。
1作目では、「西浦」というチームが作り上げられた。2作目でそのチームは強くなり、しかし大きな危機も迎えた。そして今回の3作目では危機になったことで「今自分たちは何をするべきなのか?」をそれぞれが考えた。
事前におこなったインタビューで聞いていたとおり、初演の再演は非常にテンポがよく話が進み、3作目である本作も、ぎゅっと話が詰まっていた。「楽しい」と同時に、切なさと懐古のような気持ちに包まれて、観劇後は数十分もの間ずっとぼんやりとしていた。
普通の少年たちの、野球を通じた成長物語。この先、三橋と阿部がどのような関係を築いていくのか。まだまだ原作は続いている。西浦がもっと強さを身につけ、より強く太い絆で結ばれ、勝ち進んでいく姿を観続けていたい。
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