舞台「ヨルハ」シリーズや音楽劇「ジェイド・バイン」などで衣装や小道具を手掛けている早瀬昭二さん(マッシュトラント)のインタビュー後編。
前編(https://25jigen.jp/interview/90251)では、物づくりのルーツや、仕事をする上で大事にしていることなどを聞いた。後編では、より詳しい作品づくりの過程や今後の展望、後に続く若者へのアドバイスを聞いていく。
――前半でいくつか作品名が出てきたので、作品別にお伺いします。音楽劇「ジェイド・バイン」(2022年)は、黒崎真音さんのデザイン画から衣装に起こされる過程がパンフレットでも楽しめた作品でした。
原作の黒崎さんと衣装打ち合わせをしたとき、画質の粗(あら)いフィルムで観た映画のような、原色の無い世界が見えました。はっきりとした色はなく、黒も真っ黒ではないスモーキーなチャコールグレー。あの世界観の中にビビッドな色彩を入れてしまったら、そこに目がいってしまう。
だから彩度を落として統一感を持たせることにしました。購入した服をベースにしたものと作った衣装とが混在していたので、同じ世界観の中で存在しているように工夫するのが難しかった思い出があります。
主人公のジェイドには「中古」のキーワードがあったので、靴はわざとヤスリをかけてボロボロにしたり、自分で靴を履き込んで強制的にしわをつけたり。パンツも、綺麗なレザーでは中古感が出ないのでマットで無機質な素材を探しました。世界観とつじつまを合わせて違和感のないものを作り出していけるのは、アニメや漫画といったゴールの無いオリジナル作品ならではですね。
――「SK∞ エスケーエイト The Stage」(2021年、2023年)では、愛抱夢(アダム)の非日常要素の強い衣装を担当されましたね。
小道具で全員のスケートボードと愛抱夢のレース用コスチューム制作が担当でした。周りのキャラクターとの世界観にズレが生まれていないだろうか…と考えながら参加しましたが、いい意味で「張り切り過ぎずによかった」と今では感じています。1人だけ違う世界観で浮いてしまえば、舞台上に違和感を生じさせてしまうので、それは絶対に避けたいんです。
愛抱夢の衣装は、布の質感をいろいろと考えました。青と黒のピタッとしたスーツは、レオタードではシワが出てしまう…バットマンのボディスーツのようなイメージにするとなれば肉厚なウェットスーツだろうか? とか。
亜廉くん(愛抱夢を演じた小波津亜廉)が肉感のしっかりした体をしているので、その点も考慮しました。赤のマタドールでは、ベロアを使えばいいものはできるけれども、他のキャラクターと合わせた時にどう見えるだろう? 赤の面積が多いから、布にプリントをかけて重厚感を出したい…など。タイツのようにフィットする、ストレッチの入った素材がいいけれども、反物(たんもの)作りからやる時間と予算は? 安っぽくはしたくない、ならばアイデアを盛り込まないと…と。
――仕上がりのイメージから逆算で考えていくのですね。
「ここにたどり着く」とゴールを決めて、いくつかのルートを用意するようにしています。まずは絵を見て、目の前に存在して触れられる状態を想像するんです。頭の中で転がして、仮想空間で触ったり被ったりできるくらいに。
自分にとって運が良かったのは、「粘土を盛り上げて形にする」「削り出していく」「(布など)平たいものを形にしていく」など、さまざまな物の作り方を経験しているので、ゴールへの近道を直感的に選べることです。もしもどれか1つの方法しかやっていなかったとしたら、選択肢が無くて行き詰まっていたでしょうね。
――では、「この仕事をしていて良かった」「楽しい」と思うのはどんなときですか?
“毎日が図画工作と家庭科”で、永遠に小学生の気持ちを続けていられるところですね(笑)。頭に浮かんだものを自分の手で形にできるのも楽しいです。誰かに褒められるためにものを作っているわけではないですが、舞台を観終わった方が「あの衣装良かったな」と思ってくれていたらうれしいです。
――早瀬さん(マッシュトラント)のように、造形・造形衣装・衣装の世界を目指す方々へのアドバイスがありましたらお聞かせください。まずは、具体的な“行動”の面から。
“今”を見つつも、過去にも目を向けてほしいです。今は、3Dプリンターで物が作れたりとさまざまな技術が発達しています。けれども、30年~40年前はそれらすべてを手で作っていました。つまり、人の手そのものの技術力で言えば昔の方が上だと言えます。
“今”はすぐに過去になってしまいます。未来を作りたいのであれば、まず過去を知る。その上でさまざまな物事をつなげていってほしい。今ある良いものは、過去の失敗や試行錯誤から生まれていますから、「どのようにしてその技術ややり方ができあがったのか」を知ると同時に、良くなかった点にも目を向ける。「なぜそのやり方では失敗したのか」を知ることも大事です。
それから、見たものは写真に撮らずに目と頭で記憶します。写真は、細部が合っているかの答え合わせに使うくらいでいいんです。頭の中に物の形と雰囲気をストックして、何か描きたいと思ったら引き出して描けるようにしてほしいです。想像力をおおいに養ってほしいですね。
――早瀬さん(マッシュトラント)がお仕事で想像力を特に使われているのはどんなときでしょうか?
まず、イメージ画や原作の絵をいただいたら、人間が実際に着ているところを想像します。次に、その衣装を脱いだところ、それからハンガーなどにかけるところまで想像します。頭の中で衣装を持ってみたりもして、重さや質感なども想像するんです。
デザインからすべてお任せいただいた時や、原作に詳しくない作品での衣装作りの時は、「自分はその世界に住んでいるデザイナーや設計者である」と想像します。憑依(ひょうい)させると言うのでしょうか。
例えば、アンドロイドが作られているのはこういう生産ラインだろうから、こういうデザインになるだろうな…とか。作ろうと思ったものが目の前に見えているので、実際に作ってみて重さや大きさが予想と大きく異なることはありません。
――次に、気持ちや考え方の面で、若いクリエイターさんたちへメッセージやお伝えしたいことがあればお願いします。
「こういうものだから」と決められたルールや考え方に疑問を持ってほしいです。今あるものがすべて正しいわけではなく、もっとさまざまなやり方や考え方があるかもしれません。
ルールで言えば、“自分なりのルール”を明確にすること。でもそれは、頑固に何が何でも曲げない、というわけではなく環境に合わせて柔軟に変化させることも必要です。しっかりとしたルールを持ちながらも、相手や環境に合わせて自分の考え方を操作できるようになれば、器用に立ち振る舞えるはずです。
――早瀬さん(マッシュトラント)にとっての「ルール」は何でしょうか?
“自分が納得すること”です。1つの物事をいくつものフィルターにかけて反芻(はんすう)し、「正しい」と答えが出たなら、初めて絵を描いてみて作業が始まります。
本当は、50歳を超えている自分は教える側に回らなければと思っています。けれども、教えるチャンスが無いんですよね。自分が若いときは、365日それこそ寝食以外の時間はずっと物を作っていました。それだけ多くの機会があったからです。
今の時代は、物事が生まれてから排出されるまでがタイトすぎる。納期も予算も足りない。若くて経験を積めていない人たちがそこに手を出して何か失敗をしてしまえば、プロジェクトが進まずに頓挫(とんざ)してしまいます。だから、若い人たちにチャレンジさせるのではなく、やれる人でやってしまう。
今は物事を消耗する時代だと感じています。でも、「消費者はこれが好きに違いない」と決めつけたり、右から左へと次々に消化していくだけの仕事はしたくないと思っていて。自分はお客さんの目線を大事にしたい。好きな気持ちが分かるからこそ、観てくださる方の気持ちを軽視したくないんです。好きなものが手荒に扱われるのなんて、誰も見たくないですよね。とはいえ、消費者に合わせるだけの物づくりをしていては業界が衰退する一方だとも危惧しています。
消費者のニーズに合わせるのではなく、ユーザーの求めているものを超越したものを作る。業界がそういう考え方に変わっていかなければ、クリエイターも育たなくなります。
――物を覚える必要がなくインターネットで何でも調べられてしまう時代性、タイトで忙(せわ)しないスケジュール、消化される物づくり…クリエイターが育ちにくい時代になっていますね。
そうなんです。パソコンやタブレットなどでポンと円が描けてしまうので、フリーハンドできれいな円を描くのも難しい、という人が多くなっています。でも、歪んでもいいから1度大きな紙に大きく円を描いてみてください。それが、脳が指先に形を伝える力だ、と認めて受け止めるのが大事です。どのように歪んでいたり曲がっているのか、自分はどういう癖があるのかを知る。そして補正できるのであれば日々していく。自分も、今でも補正し続けています。
過信せずに自分の本質を見極めると言うのでしょうか。円を描くことに限らず、感覚が鈍っていないかを確認していく作業も必要です。
先ほどの“想像力”と合わせて言えば、大きな紙とペンを渡しても小さな絵しか描けない子どもが増えてきているそうです。頭の中の絵が、スマホやタブレットのサイズになってしまっていると。これは大きな問題だと感じています。頭の中で、絵の大きさを自由自在に変えて出力する、脳の情報処理量を増やして指先にダイレクトに伝える訓練をしてみてほしいんです。これはキャパシティを大きくすることにもつながるので、ぜひ試してほしいですね。
――最後になりますが、今後の展望についてお聞かせください。
自分が納得できる仕事をするためには、目と指先が“生きて”いなければいけません。やはり健康第一です。想像力や考え方は、「50代に入ったらもっと偏ってしまうのかな…」と不安を持っていたのですが、今のところは大丈夫そうなのでこのままで。
健康のためにも運動をして、とは思うのですがなかなか(笑)。よくお仕事でご一緒する西川貴教さんが同い年なのですが、撮影のときなどに衣装を持っていくと「早瀬さんも同じ衣装を作ってペアルックしようよ」なんて言うんですよ。でも、西川さんが着るようなマッチョな衣装は体を鍛えないと着られませんね(笑)。
――同い年であれだけ走り続けていらっしゃる方が近くにいるのは刺激になりますね。
心強いですね。考え方が委縮してしまっている同年代も多い中、自分に負荷をかけて挑戦し続けている人が近くにいるのは励みになります。これまで、企業や組織には属さず、個人でこの世界を渡り歩いてきました。けれどもその中で、自分と似た考えの方とご縁があるたびに「自分の考えは間違っていなかった」と実感できました。今のやり方と考え方が正解かどうかは分かりません。でも、同じ考えを持っている仲間が実はいろいろなところにいて。その仲間を見つける旅をしているのだと感じますし、若い世代にも同じ感覚をお持ちの方を見つけて、一緒に仕事ができたらうれしいですね。
ひょっとしたら、もう出会っているけど気づいていないだけかもしれません。けれども、巡り巡ってまたどこかでつながりが持てるかもしれない。そういった不思議な縁もうれしいですし、まいた種が芽を出しているような感覚にもなります。若い方々も、5年、10年後に続くような種をまいてもらえたらと思っています。
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物づくりを始めた経緯や作品へのこだわりの他、ベテランクリエイターとして業界をどう見ているのかや若手に対する思いなどが聞けた貴重なインタビューとなった。自分で調べて記憶をするまでもなく、指先1つで何でも簡単に調べられてしまう時代。早瀬さんの“想像力を日々磨いて鍛えていく”姿勢は、物づくりを志す人や現在頑張っている人だけでなく、さまざまな人に刺さるのではないだろうか。
取材・文:広瀬有希
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