素晴らしい舞台を作り上げているのは俳優だけではない。演出や衣装、カメラマンなど多くの制作者が関わっている。「2.5ジゲン!!」では、普段は見られない舞台裏の仕事にスポットをあてていく。
今回のテーマは「音響」。
舞台作品に欠かせない「音」を扱うプロフェッショナルの世界について、舞台『刀剣乱舞』、舞台「鬼滅の刃」、ミュージカル「黒執事」、舞台「おそ松さんon STAGE」……など数々の名作で音響を手がけるヨシモトシンヤ氏に伺った。
インタビュー前編となる今回は、ヨシモト氏が舞台に携わることになったきっかけや、音響スタッフの役割分担、仕事の流れ、3つのこだわりなどをお届けする。
もくじ
音響・ヨシモトシンヤ。舞台に魅せられたきっかけは高校演劇祭
――音響のお仕事を始められて何年くらいになりますか?
21〜22年目くらいになります。僕は、関西の小劇場系の劇団「Ugly duckling(アグリーダックリング)」で座付きの音響からこの仕事をスタートしました。そのときは劇団員としてむしろ維持費を出しているというか、みんなで持ち出ししている形でした。
その後、上京し有限会社カムストックの松山典弘社長のもとで育てていただき、2019年4月に独立して今の会社・株式会社サクラサウンドを立ち上げました。
――音響のお仕事を目指したきっかけは?
小学5年生のときにTHE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)のライブに行って、初めて聞く音に圧倒されて、すっかりファンになりました。それ以来ドラムを始めて、中学・高校とずっとバンドをやっていたんです。
その流れで高校卒業後の進路も「音楽に携われる学校に行きたい」と考えて、音響の専門知識が学べるビジュアルアーツ専門学校・大阪に進学しました。
じつは専門学校に入るまで、演劇というものに触れる機会が無かったんです。宝塚歌劇団や劇団四季などの名前は聞いたことがありましたが、実際に観たことはありませんでした。
――演劇に初めて触れたのは、どんなきっかけだったのですか?
ビジュアルアーツ専門学校・大阪には、僕の通ったレコーディング関連コースの他に、演劇、照明、制作など色々な専攻・コースがありました。で、1年生のときはコース・専攻に関係なくみんな同じクラスで授業を受けていたんです。
同じクラスに、演劇コースの子がほぼ全員いたんですね。最初に仲良くなったのがその子たちで、そこから演劇のことを知るようになりました。
初めて演劇に触れたのは、そのクラスメイトと一緒にボランティアスタッフとして参加した高校演劇祭でした。高校演劇の大会って、前の作品が終わってから30分くらいでセットをばらして、照明を吊り込んで、すごいスピードで入れ替えをするんですよね。
でも高校生たちもその劇場に慣れていないから、「これどうしたらいいんですか、あれはどうしたらいいんですか」って僕たちに聞いてきたりして。結構僕らも一緒にパニックになってるんですよ。
でもそんな姿を見せていた彼ら・彼女らが、いざお客さんが入って幕が上がると一瞬にしてパッと変わる。そのパワー、熱量に圧倒されました。
その後、演劇コースの友達と一緒に演劇集団キャラメルボックスや小劇場の舞台を観に行くようになり演劇の世界にはまっていきました。
▲ヨシモトシンヤ氏の倉庫にある機材の一部
「音響」とは何をする仕事?じつは多人数チームプレイの世界
――「音響」とは、具体的にどんな仕事なのでしょうか?
音響の仕事は大きく「プランナー」「オペレーター」「エンジニア」の3つに分かれます。
「プランナー」は、作品の音響プランを組み立てる人です。どのシーンでどのSE(効果音)を鳴らすのか、どの曲をどのくらいの音量で流すのか、といった作品内の「音」に関わる全てのプランを、演出家と相談しながら作り上げていきます。
「オペレーター」は、プランナーが立てたプランを実際に形にする人です。劇場で卓(コンソール)の前に座って「このタイミングで音楽やSEを入れる」「ここでマイクの音量を上げる」といった操作を行うのが、オペレーターの仕事です。
後ほど説明しますが、このオペレーターの中にもいくつかの役割があります。みなさんが劇場で見かけるのは大抵プランナーまたはオペレーターかと思いますが、常に5人くらいで1チームとして動いているんですよ。
「エンジニア」は、音響機器などの調整を行う専門家です。演出家やプランナーの要望に合わせてスピーカーやマイクなどの機器を調整し、理想の音を鳴らせるようにするメカニックのプロですね。
ただしこの3つの役割は必ずしも明確に分かれているわけではなく、プランを作りながらオペもするし、必要であれば機器の調整もする、といったケースもあります。
――ヨシモトさんが主に担当されているのは、どの部分ですか?
現在は、主にプランナー業務とエンジニアに相当する業務をおこなっています。ただ場合によってはプランとオペを同時進行で兼任するケースもあります。
たとえば、演出家さんによっては稽古をしながら「今すぐこの音がほしい、ここで試してみたい」というタイプの人もいるんです。
そういうときには、いったん持ち帰って作ってオペレーターに依頼して……とやっていると間に合わないので、その場で僕自身が音を作って、鳴らして、というように対応することもあります。
――演出家さんや現場によって、仕事の流れもかなり大きく変わるんですね。
あとは「アクションサンプラー」というオペレーターを入れるかどうかによっても変わってきます。
「アクションサンプラー」とは、殺陣や銃撃戦などのアクションに合わせてSEを入れていくオペレーターのことです。殺陣の「キン、キン、ザシュッ」という音とか、銃撃戦の「バキュン、バキュン」といった音を、役者の動きに合わせて入れる専門家ですね。
――「オペレーター」と一口に言っても、さまざまな役割があるんですね。
僕の場合はそんな感じで、公演の規模にもよりますが常時5名くらいで1チームとして動いています。
まず「プランナー」の僕がいる。
次に、マイクの音量やオンオフを担当する「マイクオペレーター」。
オケ(音楽)や1シーンの間ずっと鳴り続ける風の音など、長尺の音を担当する「たたき」。
殺陣や銃撃戦に合わせてタイミングよく細かいSEを入れていく「アクションサンプラー」。
場合によっては「たたき」と「アクションサンプラー」を兼任する場合もあります。
それから、舞台袖でキャストのマイクをケアする「ステージアシスタント」もいます。
また、舞台『血界戦線』のように生バンドが入る場合はバンドケア専用のスタッフも付きます。
――「ステージアシスタント」とは?
出演者たちのマイクのケアをする専門のスタッフです。彼らは、客席側ではなくステージ袖に待機しています。
役者が装着するワイヤレスマイクは、アクションや衣装替えのときにズレてしまったり、下を向いてしまったり、ときには汗で水没(故障)してしまうこともあります。そのときにマイクのケアや交換をするのが「ステージアシスタント」です。
場合によっては、役者からの「音が聞こえづらい」「オケ(音楽)を上げて欲しい」といった声を吸い上げて客席側のオペレーターに伝えることもあります。ステージ上の出演者たちに聞こえている音は、やはり客席側で聞こえる音とはだいぶ違うので。
――上演中は、常時それだけの音響スタッフさんが動いていらっしゃるのですね。
そうですね。出演者が20人いれば、20本のマイクをコントロールする必要があります。同時に音楽を鳴らし、殺陣にタイミングよくSEを付けて……と、さまざまな作業が並行して進みます。
▲本番時の卓周りの機材
左からマスター卓、再生用卓、再生用PC、サンプラー卓、サンプラー用鍵盤
世界観を掴むため、原作はもちろん舞台美術も把握する
――具体的なお仕事の流れをお聞かせください。まず、「この作品を担当する」と決まってから最初にされることは何ですか?
2.5次元作品の場合、もし知らない作品であれば原作を知るところから始めます。漫画なら原作を読み込む、アニメなら原作をひととおり通して見るなど、台本をいただく前に原作をできるだけ予習しておくようにしています。
ただじつは僕、もともと漫画もアニメもめちゃめちゃ好きなんです。だからたいていの作品は、仕事でお話をいただく前から知っていることが多いですね。
――まずは原作を出発点にされるんですね。その後はどう進むのですか?
美術打ち合わせと言って、舞台美術を担当するスタッフと演出家との打ち合わせに参加します。これは一見音響と関係ないように思えるかもしれませんが、じつは大事なことなんです。
世界観を掴むためというのもありますし、大道具の配置がスピーカーの置き位置に深く関わってくるためというのもあります。
たとえば舞台の前ツラ(客席寄りの舞台端)に重要な装置を飾りたいとする。でもメインスピーカーの前が塞がれてしまうと、音の聞こえ方に支障が出ます。だからそこは、美術・音響が演出意図と合わせてよく相談する必要がある。
役者の動線(移動経路)にスピーカーがかぶる場合もあります。これもやっぱり、よく相談して「動線を一歩ズラしてもらえないか」とか、そういった細かい打ち合わせをする必要があります。
――音響は、さまざまな演出や舞台美術と密接に関わっているんですね。
それから、「こういうニュアンスの音楽でやりたい」というのを掴んでおきたいので、作曲家と演出家の打ち合わせにももちろん参加します。
そうした打ち合わせと平行しながら、スピーカーの置き位置・吊り位置を考える、稽古場に参加しながら音を作って出す、演出家の要望を受けて調整してまた出す……といった作業を行っていきます。
▲ソフトを使用してスピーカーを美術にたらし込む工程の途中。
これで位置を調整し、演出家、美術、照明と打ち合わせを進めるそう
2.5次元とそれ以外の作品。音響として違いを感じる点はどこ?
――音響の仕事をする上で、2.5次元作品とオリジナル脚本作品とで違う点はありますか?
オリジナル作品の場合は、いわば台本とプロットだけが原作です。なので、それこそ穴が空くほど台本を読み込みます。
音響さんによって異なると思いますが、僕は脚本家や演出家に「ここはどういう意味ですか?」と訊くことはほとんどなくて、自分の中で消化できるまで台本を読み込むタイプです。
何度も読んで理解するよう努めながら、読んでいる最中「頭の中で鳴っている音」を具現化するようなイメージで音を付けていきます。
――台本を読むとき、頭の中で音が聞こえている状態なのですね。
そうですね、常に鳴っています。漫画を読むときもそうです。
2.5次元の場合は、やっぱり原作を何度も読み込みながら「頭の中で鳴る音」を探っていきます。ただ、漫画が原作の場合は「原作に描かれている音」がそのまま鳴ることが多いです。
漫画では、キャラクターの後ろや近くに擬音が描かれていますよね。「ザッ」「シュバッ」「どん!」とか。
そういう擬音を文字通り鳴らすというか、そのシーンを読んだときに頭の中で鳴った擬音を、そのまま舞台でも表現することが多いです。
原作に「どさっ」と書いてあるシーンでは、僕の中で鳴った「どさっ」を音にする、という感じです。
――なるほど。漫画の擬音を読み、感じ、そのまま表現するのですね。
ただしアニメが原作のときは、アニメと同じ効果音は使わないようにしています。アニメの場合は実際に鳴っている音を耳で聞いてしまうので、無意識に「似せよう」としてしまうためです。
効果音ではなくアニメの劇伴(BGM)に関しては、使うこともあります。
ヨシモトシンヤのこだわり(1)音の迫力
――音響の仕事をする上で、こだわっていることは何ですか?
色々ありますが、1つ目は「音の迫力」です。
音の迫力には「音量」と「音圧」の2つの要素が関わってきます。
――音量は音のボリュームですよね。音圧とはどんなものですか?
音圧というのは、耳には聞こえないけれど空気の圧力として伝わる音波のことです。
一般的に、人間の可聴領域は20〜2万Hz(ヘルツ)くらいだと言われています。そこであえて、30Hzくらいの音域で鳴るようにスピーカーを調整して、聞こえにくい音を出す。そうすると、聞こえにくいけれど肌で感じる「音圧」が生まれます。
耳の横で、大声でわーっと叫ばれたらうるさいですよね。音圧を作るスピーカーからは、それと同じくらいの音量で音が鳴っている。
でも鼓膜を振動させにくい音域だから、聞こえない。でも体には「圧」として伝わってくるんです。
――具体的には、どの作品のどんなシーンで使われていますか?
舞台『刀剣乱舞』の真剣必殺のシーンや、ミュージカル「黒執事」でシエルとセバスチャンが紋章の契約を結ぶシーンなどで使っています。
舞台「おそ松さんon STAGE~SIX MEN’S SHOW TIME 3~」では、F6が歌うシーンで使いました。「F6の歌には迫力が欲しい」ということで、音圧を活用しました。
――観劇中に迫力を体で感じるのは、決して気のせいではなかったのですね。
実際に圧がかかっているんです。体や髪にふわっと空気を感じる方もいらっしゃると思いますよ。
家庭用のスピーカーにはそういった仕組みが搭載されていないので、音圧を感じることができるのは生の観劇ならではの経験です。
▲普段目に見えない音を、測定マイクなどを用い視覚化するソフトを使用してスピーカーのチューニングを行う
ヨシモトシンヤのこだわり(2)繊細な音の鳴らし方
2つ目は「繊細な音」の鳴らし方です。
劇中かすかに鳴る音、たとえば聞こえるか聞こえないかくらいの音量で風が吹いている音とか、夜のシーンで虫の音がずーっと小さく鳴っているときの音とか。そういう音を鳴らすときは、客席の足元や舞台下の部分に専用のスピーカーを並べるなど、鳴らし方に工夫をこらします。
雨の音もそうです。雨って、サーッと上から降り注ぐイメージの音ですが、実際は水が地面に当たって鳴らす音なので、じつは下から聞こえたほうが臨場感が出るんです。
だから雨の音はメインスピーカーからはあえて鳴らさず、観客の足元からのみ流れるようにするとか、そういった工夫をします。
――作品ごとにスピーカーの配置もかなり変わりそうですね。
変わります。メインスピーカーは舞台の左右にありますが、実際に使うのはそれだけじゃないんです。
ウォールスピーカーという客席の壁の中にあるスピーカーを使ったり、先ほど言ったとおり客席の足元にスピーカーを仕込んだり。舞台上にも客席にも、よく見るとたくさんのスピーカーが配置されているんですよ。
▲超歌劇 『幕末Rock』絶叫!熱狂!雷舞 (AiiA 2.5 Theater Tokyo)上演時。
「屋内のAiiAでイントレ組んでメインスピーカーを設置したところはそうそうない」とのこと。メインスピーカー、モニタースピーカー合わせて70発は超えていたという
ヨシモトシンヤのこだわり(3)全席に均等な音を届けたい
あとは「客席のどこにいても、均等に聞こえるような音作り」にも、できる限りこだわっています。
たとえば、舞台の真ん中にある電話が鳴るシーン。メインスピーカーから「プルルルル……」という音を流してもいいんですが、そうすると席によっては電話と全く別の方向から音が聞こえてくることになる。
その違和感を減らすためには、電話が置かれた台の下にスピーカーを仕込んでおくとか、そういった工夫が必要になります。
2.5次元作品の場合、必殺技を使うシーンも多いですよね。上手側にいる人物が繰り出した必殺技が、下手側の人物に当たったり、もしくは打ち返されてカキーンと跳ね返ったりする。
その音の動きをサラウンドで表現したいので、時間が許す限り作り込みます。
――映画館のように、音が移動するイメージでしょうか。
そうです。映画館ってサラウンド効果が凄いですよね。ヘリコプターの音が左から右へ、右から左へ旋回するのがリアルに聞こえたりする。
あれが僕は凄く好きで、劇場でもやりたいんです。そして、できるだけ客席によって偏りが出ないようにしたい。全ての席に均等に音が届くよう、そこは可能な限り気をつけています。
――どの席にいても快適な音を楽しめるのは、観客としてはありがたいです。
あとは、役者側に聞こえる音の調整も重要です。客席側ではなく、ステージ側を向いているスピーカーもいくつもあるんですよ。
役者に音を届けるスピーカーは大事です。それがきちんと調整されていないと、役者が正しい音を聞き取れない。
とくにミュージカルなどでは、キーが取れないまま歌い出すことにもなりかねません。なので、それらのスピーカーも慎重に調整します。
――音の迫力、繊細さ、そして均等に音を届けるための工夫。音響には、さまざまな要素が絡み合っているのですね。
そうですね。舞台の要素が増えるほど、音響の工夫も増えます。
ダンスのある作品ならオケ(音楽)の調整があり、ミュージカルならそれに加えて歌も入ってきますから。その分、稽古段階から工程が増えていきます。
最近だと、舞台「鬼滅の刃」はギミックが細かく、歌もあったので色々と試行錯誤しました。
――舞台「鬼滅の刃」は、鬼の首の位置や技の行き交う音など、サラウンド効果が活きるシーンも多かったですね。
呼吸の技や鬼の攻撃音など、実際には存在しない音がたくさんあったので、SEの作り込みにも時間をかけました。
舞台「鬼滅の刃」は歌もあったので、その部分の音響にもこだわりました。
インタビュー後編では、あのハプニングの裏側もお届け
細部までこだわることで、観客の演劇体験にさりげない臨場感を加えるヨシモト氏。
インタビュー後編では、音響の職人ならではの苦労と喜び、言葉が不要な俳優たちとのやりとり、そして舞台『刀剣乱舞』や舞台「KING OF PRISM」上演中に起きたハプニングの裏側などについてお届けする。
【後編はこちら】
客席がドッと沸く、あの瞬間を作るために。刀ステ、ブタキンのハプニング裏話 音響・ヨシモトシンヤ【後編】
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