2020年2月9日(日)、リアルファイティング「はじめの一歩」The Glorious Stage!! が熱狂のうちに千秋楽を迎えた。ゲネプロで観劇をしたその日のうちに「これは生で観ないと」と、大声では言えない枚数のチケットを足し、品川への定期券がほしいとまで思えた本作品。
回数を重ねるたびに面白さが増す舞台だった。何度見ても血液の温度があがるのを感じた。
「こんなに素晴らしい舞台があったのだ」ということをぜひとも知ってもらいたい。その思いで公演レポートをお届けする。
※ゲネプロレポートはこちら
「強さ」の答えを見つけるために、前へ、前へ!試合の緊迫感伝わる舞台「はじめの一歩」ゲネプロレポ
もくじ
心優しく気弱な少年、幕之内一歩。「強さ」の答えはどこにある?
【御礼🥊】
無事千秋楽を終えることができました。
10日間・全14公演、駆け抜けました!
たくさんのご観戦・ご声援を送ってくださった全ての皆様へ、カンパニー一同心から御礼申し上げます。
ありがとうございました!!またリングでお会いしましょう🥊🍃#はじめの一歩 pic.twitter.com/sjABt03jbY
— リアルファイティング「はじめの一歩」The Glorious Stage!! (@ippo_stage) February 9, 2020
「はじめの一歩」は、気弱な少年・幕之内一歩が「強いとは?」の答えを見つけるためにボクサーとなり、成長していく物語だ。2019年には連載30年を迎えている。
舞台では、ボクシングとの出会いから、多くのライバルたちと拳をまじえて強くなっていく一歩の成長が描かれた。原作コミックのどこまで、どの試合までと明言はできないが、ボリュームのある内容が非常に良いテンポで展開された。
上演時間は15分の休憩を含めて2時間45分。しかし体感は30分といったところだった。あっという間に、「はじめの一歩」の歴史をかけぬけた気分だった。けれども、おいしいところを繋いだだけのようなダイジェスト感はなく、きちんと、観たいものが見られたという満足感でいっぱいだった。
それはいったい、なぜだったのか? 順を追ってたどっていこう。
日を追うごとにさらに仕上がっていく「衣装」と、高まっていく会場の熱
大抵の場合だが、メインビジュアルは最も先に撮影がされ、それからパンフレットなどの撮影が行われる。そしてとても良い感じに仕上がったものが、いろいろなところで掲載されたり、グッズとして手元にのこることになる。
しかし、この舞台「はじめの一歩」においては、肉体が最高の衣装だったために、開幕を迎えて公演が進むにつれてなお、「衣装」は進化し続けた。日々ボクサーとしての身体に近づいていく筋肉。精悍さを増していく表情、ギラついた目つき。
日々進化している。それは、会場に行かないと観られず、分からないものだ。パンフレットや公式サイトにある筋肉が丸刀で削ってヤスリで丁寧に仕上げられた滑らかな筋肉の身体であるならば、現場の彼らは大理石を三角刀で切りだしたままの彫刻のような身体をしていた。
舞台「はじめの一歩」
この現場は異様だ。
見ての通り、異様だ。笑
今日も全員で闘います。
夜の公演、頑張ります💪#はじめの一歩 pic.twitter.com/vwbXvDLBjR
— 橋本真一 (@shinichi1109) February 5, 2020
また、場内の熱気をさらに上げていたのは、観客の応援による効果もあっただろう。公式サイトには「声援、上演中の私語は遠慮を」という注意書きがあった。それは、場にそぐわない歓声やお喋りをしてほしくないためだったのかもしれない。
しかし、ゲネプロを観ていてどうしても声援や拍手を送りたくなった。全身全霊で熱くぶつかり合う男たちのプライドと情熱を目の当たりにしては、そう思わざるを得なかった。
そのため、ゲネプロレポートの文末を「声援を送りながら観たい」とした。心からの言葉だった。同じような声がアンケートなどでも寄せられたのだろう。速水役の橋本真一がアフタートークで「声援を送ってくれたら」と口にしたことも後押しになったのかもしれない。2月3日の公演からは、拍手・声援が可になった。
【ご観戦のお客様へ】
『まっくのうち!』『ゴーゴー速水!』『たっかむら!』などのご声援・各選手入場時の拍手など大大大歓迎です!!
ぜひ一緒に”観戦” しましょう!🥊🥊皆さんのご声援がボクサーたちの力になります!
本日も、品川ステラボールのリングでお待ちしております。 pic.twitter.com/7XbmQvVzLa— リアルファイティング「はじめの一歩」The Glorious Stage!! (@ippo_stage) February 3, 2020
長年の夢だった観客も多かったのだろう。幕之内コールはもちろん、鷹村コールなど各選手への声援、試合前と終了時の拍手。本当に試合を観ているかのようだった。
基本的にステラボールは寒いことが多い。例にもれずこの舞台でも、上演前は肌寒いくらいであったが、終わるころには全身に汗をかくほどだった。個人の体温が上がったのかもしれないが、場内の熱気も確実に高まっていた。
最高の衣装をまとったボクサーたちと、彼らを守り支える人たち。全登場人物を紹介
舞台には多くのボクサーたちが登場した。キャラクターについてはゲネプロレポートでも軽く触れたが、公演を終えたいま、登場人物を全員改めて紹介したい。
幕之内一歩役、後藤恭路。ゲネプロ前の会見で感じた初々しさはまさに一歩そのものであった。ストーリー序盤は初心者ならではのたどたどしい足運びで腰の入っていないパンチを打ち、話が進むにつれてじょじょにボクサーとしての動きになっていくことで、リアルな成長を見せてくれた。
宮田一郎役、滝澤 諒。冷静さと熱さをあわせもつ、透明な切れ味のある宮田を見せてくれた。華麗なカウンターを得意とするこの人物を演じるのに、どれだけの苦労があったことだろう。よくとおる声と鋭いまなざしが印象的で、特に一歩との2度目のスパーリング後の表情が心に残っている。
千堂武士役、松田 凌。野性味あふれる「漢」だった。強い相手と戦える期待と高揚感、倒れてもなお敗北さえも脳裏に焼き付けようとする心意気に、涙で舞台が見えなくなった。千秋楽挨拶の最後、一歩役の後藤に腕を回しての「また会おうで幕之内」に涙腺をやられた原作ファンは多いことだろう。
鷹村 守役、滝川広大。アニキ、先輩、仲間、そして一歩の圧倒的な憧れの対象として、舞台上で大きな存在感を残してくれた。ときに尊大に、ときに傍若無人に。ガキ大将が大人になったようなやんちゃさとともに、一歩の成長を喜ぶ、リングサイドでのあたたかい表情が印象的だった。
青木 勝役、塩田康平。OPでのカエルパンチに大喜びしたファンは多いことだろう。塩田の演技の素晴らしさは、キャラクターの魅力を増幅させ、観客をすべて「こっちに来いよ」と味方にしてしまうところにあると感じている。どんな舞台でも、いつも説得力のある役作りと演技で場を盛り上げ、楽しませてくれる、安心して観ていられる俳優だ。
木村達也役、高橋奎仁。すでに、VS間柴戦のときのかっこよさを思わせる木村だった。顔が綺麗すぎてブロマイドを追加買いしたという人を多く見かけ、現に筆者も無意識のうちに帰り際に買っていた。青木と組んでのコメディシーンはもちろん、続編があるのであれば間柴戦を見てみたい。
鴨川源二役、高木 渉。厳しさとあたたかさを持つ、会長そのものだった。観ていて、たまに会長から青木の声がするという脳内バグが起こったが、それも楽しみのひとつだった。安定感のある演技と芸達者ぶりを見せてくれ、シリアスなシーンでも笑いどころのシーンでも、座組みをしっかりと支えているように感じた。
伊達英二役、松本寛也。ベテランボクサーらしい技術と貫録、そして闘争本能をむき出しにしたファイトが非常に印象的だった。背負った重い背景も少ない言葉と表情でしっかりと見せ、リング外ではおしゃれでユーモアたっぷり。ビジュアルも含めて最高のチャンピオンを演じてくれた。
間柴 了役、岡本悠紀。個人的に、この舞台で最も意外なキャスティングだった。岡本と言えば歌がべらぼうにうまい。そのため「歌あり??」と当日まで思っていた。暗い目つきにニヤリと上がった口角。ダーティな試合運びと執念、妹への行き過ぎた心配。最高の間柴だった。さらに間柴と彼を好きになってしまった。
速水龍一役、橋本真一。明るさと派手さ、華麗さ。ファイト外の部分で注目が集められがちなところが速水とダブって感じた。何の競技でも、女性ファンを獲得するには彼のような人間がやはり必要だ。決してギャグ箇所的な要員ではない、華のある演技を見せてくれた。しかし、思い出そうとするとどうしてもヒゲのクレオパトラが頭に浮かんでしまう。
冴木卓麻役、山口大地。華麗なダンスのステップでの、スピード・スターの動きが見事だった。速さだけではない、美しく正確なリズムを刻む足さばきと、本職ではないかと見間違うパンチの軌道。ストイックに作り上げられた最高の「衣装」は、紙媒体でも高解像度のカメラでも再現しきれないだろう。2020年はじめにして、最高の山口大地を観てしまった。
ヴォルグ・ザンギエフ役、才川コージ。リングインするときのロープをくぐる姿にハッとさせられた。穏やかな語り口調と獰猛なファイトスタイルのギャップは、まさにヴォルグそのもの。グローブを一歩に渡す演技は、ゲネプロではなかったように思う。回を重ねるごとにヴォルグとしての完成度が増していく姿に、こちらの涙の量も増え続けた。
久美役、未来。本当に可愛らしく、舞台に花を添えてくれた。しかしそれだけではなく、兄を心配する姿や、ボクシングにかける男たちの思いへの戸惑いなども感じさせてくれた。兄とのやりとりは毎回微笑ましかったが、千秋楽で見せてくれた兄へのフリッカー攻撃に将来的なものを感じ、思わずにやりとしてしまった。
幕之内寛子役、久下恵美。OP、帽子に向かって「行ってきます」と呟いたひとこと、それだけで深い愛情を感じた。危険なスポーツ、しかし情熱を傾けている息子を邪魔してはいけない。心配しながらも応援する母の姿に涙が出ながらも、速水ガールズの先頭バッターとしてハジけまくった楽しそうな姿が忘れられない。
梅沢正彦役、神坂優心。いじめていた相手を尊敬するようになるのは、難しいことだ。自分より下だと思っていた存在の人間ががむしゃらに頑張る姿を見てそれを認め、自分を顧みないとできない。その難しさを自然に演じ、愛すべきキャラクターとして印象付けてくれた。超人的なボクサーではない彼の存在は、この舞台にリアルさを与えていたと感じる。
アンサンブル、久保雅樹、アブラヒム・ハンナ、竹内健史。大事な役割だった。ボクサー、店員、伊達を尊敬する沖田、宮田の父親、ジミーなど、さまざまな役を演じてくれていた。ひとつひとつの役を丁寧に演じていたからこそ、それぞれの人物が印象深い。
特に、セコンドでの沖田のひとことには伊達を尊敬する気持ちが表れていた。もし続編があるのであれば、今度は役名クレジットで3人とも出演をしてほしい。
2.5次元舞台への考え方が変わった脚本、演出。効果、音楽、そして素晴らしい制作チーム
この舞台を観る前は「原作が漫画のものは、舞台化できるのは内容にもよるが6巻分くらいまで。多くて10巻分が限度だろう」と考えていた。例えばミュージカル「テニスの王子様」は各学校との試合ごとに公演がおこなわれている。
「はじめの一歩」も、一歩がボクサーの道を歩み始めて新人戦のあたりまでだろうと予想をしていたが、キャストを見て驚いた。だいぶ話が進んでから出てくるボクサーたちが出演者として発表されていたからだ。
正直なところ「どうなるの?」と思っていた。原作ファンの友人たちと「まさか舞台の最後に『待っているぞ、幕之内!』という声とともにシルエットで登場、なんていう展開に」という憶測話をしたこともあった。
しかし案ずることは何もなかった。作・演出はいわば一歩そのものである喜安浩平。パンフレットやSNSなどで「話を受けたときは怖かった」と語っている。知っているからこその恐怖。けれども、喜安氏以外では誰であっても、ここまでの舞台はできなかっただろうと断言できる。
原作を知っているからこそ分かるエッセンスと、大きな緩急のあるストーリー
どの舞台でも、原作を詳細に再現しようとすれば話は大きく進まない。バッサリとどこかをカットしたり、場合によっては大きく方向転換せざるをえなかったり、ダイジェストのようになってしまうことがある。
そうなると、原作を知っているファンには分かるものの、未履修の観客には何が何だかわからないものとなってしまう。「分かることを前提としてカットする」これは、厳しい言い方をすればターゲットを原作ファンだけに絞った結果だろう。
「はじめの一歩」は、カットではない。凝縮だった。ゆっくりじっくり演じる部分、思い切って飛ばす部分。どこをどう切って繋げて補足を入れればベストなのか、が的確だった。
パペットで試合を再現する部分もあったと同時に「いやそこの小ネタ再現するの」と笑ってしまいながらも嬉しい箇所もあった。ストーリーの緩急が素晴らしかったのだ。
原作を知らずとも話の流れがわかり、原作を細かく知っているファンは、さし込まれるほんのちょっとしたセリフや動きで、舞台上には出なかった部分を思い出す。実に巧みだった。
これぞ2.5次元。アナログを最大限に生かす効果的なプロジェクションマッピング
少年漫画らしいギャグ、舞台を多角度から見せるための回るリングなど、語りたいことは山ほどあるのだが、特に印象的だったのはオープニングだ。
選手入場を思わせる、ワクワクが高まる音楽とともに、背景に原作コミックスのコマが次々と映し出される。しかしそこを見ていては舞台上の彼らの動きが観られないため、本気で複眼の能力に目覚めたかった。
オープニングのキャラクター紹介で、名前とともに原作のビジュアルそのままが映し出される舞台はあまりない。原作を知らない観客は「なるほど」と理解し、原作ファンはいっきにテンションがあがる。
キャラクターたちは、同じ振付であってもすべてが別々の動きだった。鷹村としてのパンチの角度、千堂としての腰の曲げ方、一歩としてのまわり方。誰に注目しても、どこを見ても最高にかっこいい。舞台上の18人全員が、きちんとそのキャラクターになっていた。これは驚きだった。
もしもDVDが発売されたり、配信がおこなわれるのであれば、オープニングだけで最低36回は観ることになるだろう。
観客への最大の配慮が嬉しい、どの角度からでも、最後列でも観やすい客席
筆者には「ゲネプロを観た舞台にプライベートで行くと席運が悪い」というジンクスがある。この舞台においてもそれは発揮され、ほぼ毎回最後列の隅だった。発券したチケットの券面を見て「ステラの最後列……」と崩れ落ちたのだが、心配はいらなかった。
観客席は、せり出したリング状の舞台を囲むように配置され、どの場所から見ても正面に舞台がある。しかし角度によって見える景色が変わるため、何度でも観たくなる。
特筆すべきは、後列の椅子に置かれた厚いクッションだ。床に段差はなかったが、このクッションにより、むしろ後ろに行けばいくほど全景が観やすかったのではないだろうかと感じる。
もちろん前方であればそれに越したことはない。細かい表情、目つき、飛び散りきらめき流れる汗までたっぷり観られ、楽しめる。しかし、全員が前方席ということはないため、後方席にも気を配ってくれたのは大変ありがたい。
みっちりと椅子を配置しなければならない舞台ではこうはいかないだろうが、どこからでも観やすい、そしてどこから観ても楽しめる、この客席作りは嬉しかった。
はじまりと終わりに風は吹き、彼らの物語を運んでいく
舞台の始まりに、風の音がした。そこに雨音に似た縄跳びの音と、リズミカルなパンチの音が重なっていった。物語の終わりにも風が吹いた。つむじ風が物語を連れて、遠くへ去っていくような気持ちだった。
この舞台はDVD化はされないという。なんと美しく刹那的なのだろう。心の半分でそう賛美しながらも、四つん這いになって床を殴りつけ「DVDがほしい」と泣きわめく自分もいる。
最後の試合、パンチのひとつひとつが目に焼きついている。ただやみくもに放たれたパンチではなく、ひとつひとつが、きちんとストーリーにそった「手」だった。あれほどの試合の手を覚えるのに、どれだけの苦労があったことだろう。
願わくは、この素晴らしい舞台の続きを観たい。続きでなくとも、同じ場所で同じ役者たちでもう一度、何度観ても血のたぎるあの試合を観たい。
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