舞台『ダブル』が、4月1日(土)に新宿・紀伊國屋ホールで開幕する。本作は、野田彩子による『ダブル』(ヒーローズ刊)の舞台化作品。
生活力皆無の天才役者・宝田多家良と、その才能を見ぬき彼を支える役者仲間・鴨島友仁を中心とした、演劇に生きる青年たちを描いたストーリーだ。2.5ジゲン!!では、初日に先がけておこなわれたゲネプロの様子をレポートする。
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宝田多家良(演・和田雅成)と鴨島友仁(演・玉置玲央)。彼らは、同じ劇団に所属する俳優であり、アパートの隣人同士だ。多家良は生活力が皆無に等しく、仕事のスケジュール組み立てはおろか、食事や時間どおりの起床をすることさえままならない。友仁は、そんな多家良の生活を管理するかのごとく世話を焼き、面倒を見ていた。
友仁は多家良にとってもう1つ、大きな役目を持っていた。それは、多家良がほかの仕事で稽古に参加できない時の代役だ。しかし、ただ多家良の“代わり”としてその場にいるだけではない。台本が読めない多家良に台本を読んで聞かせ、話し合いながらともに演技プランを組み立てる。二人三脚、2人で1人の役者であるようでいながら、しかし多家良はいつも、最後の最後に舞台上で演技プランを変更する。その“裏切り”こそが多家良の芝居の完成形であった。
観る人を魅了し圧倒する天才役者である多家良に、いつも裏切られ、その大きな才能に叩きのめされ絶望する友仁。しかし同時に、舞台上や映像の世界で輝く多家良を見ていたい、とも思う。“多家良を世界一の俳優にしたい”と願いながら、そして自分も…。
…というのが原作ストーリーの流れと、メインキャラクター2人の設定紹介である。原作未読のファンは、ここだけでも事前に知っておいてもらいたい。
舞台は、原作のストーリーを大胆に編集し「人気が出始め、色々あってボロアパートから引っ越しをした多家良の新居」1カ所だけですべて進んでいく。外に出ることもなければセットの転換もない。季節の移り変わりと、登場人物たちの芝居だけで彼らの距離感やすべてを表現している。漫画原作の舞台作品としては、大きなチャレンジであると言えよう。
原作ファンの視点からは、「原作のあのシーンの裏側や隙間にはこういうことがあったのかもしれない」と想像でき、一方キャラクターたちの人物像が破たんせずに舞台上で生きているのを見て不思議な感覚にとらわれる。
あまりにもナチュラルに、多家良や友仁たちとして存在しているのだ。これは脚本のある芝居なのだろうか? と問うてしまうほどに、日常的な会話を重ね、そして時には役者らしく舞台の稽古をその場で始める。途端に、発声も空気も動きもすべてが舞台役者のそれになり、観客席を飲みこまんばかりの迫力を持って場内の空気を支配する。和やかな日常から圧倒的な“芝居”へ。このスイッチの瞬間的な切り替わりが、本作の大きな魅力だ。
普段は頼りなく、生活すべてを友仁に任せ切っている多家良の、芝居へのスイッチが入ったときの狂気。多家良の面倒を見て、支え、寄り添っている友仁が、達観しているようで時おり見せる燃える目と飢えた表情。
和田雅成と玉置玲央ここにあり、という芝居を見せてくれる。
轟九十九は、演じる井澤勇貴をモデルにキャラクターが作られたのではないかと感じてしまうほどにナチュラルであるし、今切愛姫(演・牧浦乙葵)の、かわいさとしたたかさもいい。多家良の事務所のマネージャー・冷田一恵(演・護あさな)のマネージャーらしい気遣いと、時折見せる一般社会人らしさ。多家良と友仁が所属する劇団の劇団員・飯谷宗平を演じる永島敬三は抜群のコメディセンスとバランス感覚で場を和ませる。
依存、反発、信頼、愛憎。憧憬、耽溺、劣等感…。2人の役者の、穏やかな日常と複雑に絡み合う感情が描かれた作品だ。
また、本作は千穐楽公演のライブ配信が決定している。時勢の都合などで劇場に足を運べないファンは配信で観てもらいたいが、本作の公演が紀伊國屋ホールで行われていることに実は大きな意味がある。特に原作ファンにとっては、通常の劇場で芝居を観るときとは大きく違った感情を得られるに違いない。
公演は、4月9日(日)まで。
開幕コメント
演出:中屋敷法仁
原作から受けたインスピレーションをまるごと紀伊國屋ホールに解き放ちました。俳優を志す若者達の切ない魂が、熱く熱く燃え上がっております。演劇愛にまみれた2時間20分の真っ向勝負。劇場空間でぜひ、体感していただきたいです。
宝田多家良役:和田雅成
無事にこの日を迎える事ができました。怖くて、道がみえなくて、そんな中挑んだ稽古でしたが、キャストの皆さまが、スタッフの皆さまが自分をここまで連れてきてくれました。もれなくみんなが素敵です。とても愛おしいです。生きるのが楽しいです。ゲネプロを終えた時点でここまで感じているので、本番でお客さまとともにこの紀伊國屋ホールで同じ空間で生きた時、どんな自分がそこにいるのか。楽しみです。皆さまにとっても、自分にとっても、1歩を踏み出せる。そんな作品になりますように。
鴨島友仁役:玉置玲央
このコメントを書いているのは場当たりと呼ばれる舞台稽古の真っただ中でして、正直我々もこの舞台『ダブル』という作品がどこに着地するのかいまだ分かりません。希望的観測で、願いを込めて、面白い作品ができたのでぜひ劇場に足を運んでくださいと言うことは簡単なのですが、それはちょっと無責任かなと思って言えない自分がいます。そのくらい『ダブル』は大切に向き合いたい作品だからです。今、責任持って言えることはただ1つ。舞台に立つのは心底楽しいってこと。そんな我々と『ダブル』の着地点を目撃してもらえたら嬉しいです。劇場で待ってます。
取材・文・撮影:広瀬有希
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