高屋奈月の漫画を原作に2019年にアニメ化されたハートフルファンタジーラブコメ「フルーツバスケット」。これを原作とした舞台「フルーツバスケット」が、3月4日（金）に初日を迎えた。心を洗濯してくれる作品として多くのファンに愛されている「フルバ」は、果たしてどんな形で舞台上にて表現されたのか。
2.5ジゲン!!では初日に先立ち実施されたゲネプロの様子をレポート。魅力的で個性豊かな登場人物が織りなす心温まる本作の魅力を伝える。
透明な空間に響く、「おかえり」と「ただいま」
愛する母を亡くし、テント暮らしをする女子高生・本田透（演：吉田綾乃クリスティー／乃木坂46）は、ひょんなことから学校の王子様的存在の草摩由希（演：北川尚弥）が暮らす家に身を寄せることに。家主で由希の従兄の草摩紫呉（演：安里勇哉）や、同じく居候することになった草摩夾（演：橋本祥平）との関わりの中で、透は草摩一族の秘密を知ってしまい――。
大切な人の心を扱うように繊細に丹念に作られた物語。そんな印象を抱く約3時間が待っていた。本作は草摩一族をはじめ、メインキャラクターと呼ぶべき登場人物が多い。そして、その誰もを取りこぼさず、置いていかず、一人一人と向き合っていくのが本田透という少女だ。
それを表すように、舞台上にはいつも目の前の人に真っ直ぐな心と笑顔を向ける透がいる。名は体を表すというが、透は文字通り透明感あふれる人物。吉田が演じる透は、彼女の持ち前の柔らかさも加わって、一見するとふわっとしていて周りに振り回されてばかりの少女のように見える。序盤は確かに来客する草摩一族に振り回されているように見える部分もあるが、草摩の者たちも観客も、次第に彼女が持つ本当の“強さ”に気づいていくことになるだろう。
心の強さを持つ彼女もまた、彼女一人でその強さを手に入れたわけではない。亡き母親・本田今日子（演：芳賀優里亜）がくれた言葉や、由希や夾がくれた言葉。そんな一つ一つが彼女の中で積もって、その強さと優しさにつながっていく。
人と人とが対話し、分かりあえても分かりあえなくても伝えていくこと。そのための勇気を持つこと。派手な演出や可動するセットを封印したことで生まれた透明な空間が、そんな真心のやりとりで少しずつ温かい色に染まっていったように感じられた。透の言葉が、何にも遮られずにまっすぐ相手に届き、そして観客の心も共鳴させる。シンプルな演出だからこそ、より心に届く作品に仕上がっていたように思う。
舞台の中央には草摩家の居間を再現したセットが組まれているのだが、それもまた、原作ファンならグッとくるものがあるだろう。いつでも舞台の真ん中には、透が「ただいま」と「おかえりなさい」を言える場所があるのだ。母を亡くしたことで帰る場所を失った透が、帰れる場所を見つける過程を描くストーリーと重なり、そのセットを眺めるだけで感慨深い気持ちにさせてくれる。
加えて印象的だったのが、透にとって大事な存在である母・今日子と、親友の魚ちゃんこと魚谷ありさ（演：南千紗登）、花ちゃんこと花島咲（演：中村裕香里）ら、草摩の一族以外の登場人物の描き方だ。
原作でも彼女たちの存在は透にとって大きな意味を持つ。そんな透を構成する要素を取りこぼすまいと、彼女たちをサブキャラクターとせずメインキャラクターとして登場させていた。その姿勢からも制作陣の「フルバ」愛を感じずにはいられないだろう。さらに3人はビジュアルの完成度の高さで上がった期待値を、サラッと飛び越える芝居で魅せてくれた。中でも電波な花島が持つ、独特なぬめっとした雰囲気を見事に表現した中村の芝居は必見だ。
みんな違ってみんないい。各キャラの見どころ
アニメ1期に該当するストーリーが描かれた本作。主軸となるのは本田透と草摩一族との邂逅だ。十二支の呪いを持つ草摩一族だが、それに加えて物の怪憑きの者たちは、それぞれに心に解けない結び目を抱えている。性格のせいだったり、育った環境のせいだったり、結び目ができた理由は様々だが、そこに優しく触れて解いていくのが透だ。そんな透を、吉田はすっと相手の空気感に馴染む芝居で好演。主人公ながら庶民的で等身大な透がいてくれることで、観客は彼女たちの物語を自分自身に重ねて受け取ることができるのではないだろうか。
ひとつ屋根の下で暮らすことになる由希は、学校でFC「プリンス・ユキ」が設立されるほどの人気者。演じる北川は正統派好青年役を数多く演じているとあって、些細な動作にも王子らしさが滲み出ていた。半面、学校以外の場所では意外にも感情豊か。草摩の人間と話す際の表情の変化を、相手によって繊細に演じ分けていた。
由希とは犬猿の仲の夾を演じたのは橋本だ。強い意志をまとう芝居は、内面に爆弾のような危うい感情を抱える夾に見事にハマっていた。序盤は「夾を相手にしない由希vs突っかかっていく夾」という構図が多く、そんなシーンでは作品のドタバタ部分を一手に引き受け、終盤ではシリアスな展開の中心人物として立ち回る。透に出会ってから少しずつ化学反応を起こしていく夾の心境を、彼の芝居を通じて感じ取ることができるだろう。
終盤では夾の師匠・草摩藉真（演：稲垣成弥）も登場する。着物でも分かるほどのスタイルの良さに思わず目を奪われてしまうかもしれないが、それも束の間。夾に向ける眼差しの優しさに一度気づくと、その後もついつい目で追ってしまう。それほどのオーラを放っていたのが印象的だ。
草摩紅葉（演：古賀 瑠）や草摩杞紗（演：鎌田英怜奈）と草摩燈路（演：陣 慶昭）の3人は思わず「かわいい…」とため息が漏れ出てしまうほどのかわいさだ。中でも紅葉は序盤から透と関わるシーンが多く、草摩一族のムードメーカー。見た目とは裏腹に、誰よりも大人かもしれないと思わせる達観した一面も持つが、そのアンバランスな魅力を子役時代から活躍する古賀が好演した。
猪突猛進な美少女・草摩楽羅（演：関根優那）や、自己肯定感が低く周りに謝り倒す草摩利津（演：安達勇人）は振り切った芝居で客席を沸かせていた。原作で描かれたキャラの濃さを、いい塩梅で2.5次元として昇華していたのが印象的だ。
ギャップという意味では、穏やかなホワイト人格と手を付けられないブラック人格とを持つ草摩潑春（演：田村升吾）も見ごたえがある。そのギャップも見どころだが、由希と潑春との関係性にも注目してほしい。2人がちょっとしたアイコンタクトで理解しあう瞬間は、まるで春の日差しのよう。いつまでも眺めていたくなってしまう、穏やかな空間が一瞬で生まれていた。
最後は一族の中の大人組でありマブダチトリオの3人。
今回描かれたエピソードでは、なんとも掴みどころのない草摩紫呉を安里が雰囲気たっぷりに好演。普段は人畜無害な良い大人の顔を見せるものの、ふとした瞬間にその表情に影が落ちる。目の奥もよく見ると笑っておらず、底しれぬ気味悪さを感じさせた。
由希の兄・草摩綾女（演：仲田博喜）は登場人物の中でも一際個性的な人物。変人と評されがちな綾女を大胆に演じながらも、仲田の持ち前のカリスマ性がキラリと光る役に仕上がっていた。
マブダチトリオの中で2人の世話係的なポジションにいる草摩はとり（演：伊万里有）は、クールで大人な魅力に溢れていた。伊万里が演じたことで、はとりの奥底にある愛情深い一面が色濃く表現されていたのではないだろうか。
「フルーツバスケット」は十二支の呪いを解く物語であると同時に、誰しもが持つ心の弱さや傷にそっと寄り添い、包み込んでくれる物語だと筆者は感じている。抱えるものは人それぞれで、他人にとっては大したことがなくても、本人にとってはそれが“呪い”となる。そんな“呪い”を解いていく物語として、この舞台「フルーツバスケット」は多くの観客の救いの物語となるのではないだろうか。
透と彼らの物語はまだ道半ば。この優しい世界が、ハッピーエンドまで紡がれていくことを願ってやまない。
取材・文：双海しお
（C）高屋奈月・白泉社／舞台「フルーツバスケット」製作委員会2022
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