ナポリの男たちch特別回「舞台・ナポリの男たち」が7月19日に千秋楽を迎えた。“ナポリの男たち”は、ゲーム実況者のジャック・オ・蘭たん、すぎる、hacchi、shu3の4人が結成した実況グループで、ニコニコ動画でのチャンネル放送を主な活動の場としている。同舞台はひとことで言えば、チャンネル内で放送されたコンテンツを3次元の人間が演じた舞台作品だ。
チャンネル放送の特別回として舞台が行われると発表された際は、「舞台化?」とファン界隈に激震が走った。公式からは公演に関しての前情報はほぼ出されず、公演が始まってからも徹底したSNSでのネタバレ防止が呼びかけられていた。観劇したファンたちはあらゆることに驚き、笑い、涙したことだろう。
ここでは、開幕前に行われたゲネプロの様子をレポート。「ナポリの男たち」初心者である筆者の新鮮な“悲鳴”とともに公演を振り返ってもらいたい。
オープニングは「目に塩が」
同舞台は、短編「雄すぎ」「どす恋!」「スナックしゆみ」「ナポンヌのムスカリ」の4本によるオムニバス形式。
元ネタとなるのはニコニコ動画のナポリの男たちチャンネルで放送された「日本ナポリはなし~雄すぎ~」、相撲にかける小学生女子を描いた「どす恋!」ラジオお便り形式の「スナックしゆみの人生相談」、18世紀のナポンヌとオートコリアで運命に翻弄される2人の王子を中心としたナポリ歌劇団『ナポンヌのムスカリ』。
ナポリの男たちがパペットのcvとして各話のブリッジに登場し、前振りや作品の裏情報などについて通常のチャンネル放送のようにわいわいと語るなど、いわゆる舞台作品とは違い、動画の生イベントのような雰囲気を残した舞台となった。
まずはオープニング。動画の始まりでもおなじみの「目に塩が」ジングル。舞台化に少し身構えていたであろうファンは、これで緊張の糸が解けたはずだ。正直なところ、暗闇の中で大音量で聞く「目に塩がぁ」は恐怖でしかないが、世界観に叩き落とされるにはぴったりだろう。
照明がつくと、そこにはパペットが4体。ナポリの男たち4人がこのパペットたちに声をあて、舞台を進行していく形だ。その声あても、自宅で短パン姿での録音だとそのまま口にするなど何を隠すこともなく通常営業。
セットは上段下段の2段構成で、上段にはモニターのようなものがあり、ここに適時映像が映る。ゲネプロでは福島海太の自己紹介ダンス動画、渡辺コウジの料理紹介動画(茹でブロッコリーのマヨネーズ添え)が流れた。これにパペット4人が突っ込みを入れていくのだが、いい意味で実にゆるい。自宅で動画を見ているような気分になれるため、観劇が初めての観客にとっては、突然芝居パートに突入するよりも心の準備ができたのではないだろうか。
場が温まったところでオープニングの歌とダンス、そして芝居へ。一気に舞台の世界に入る。しかし芝居が4本立て続けに上演されるのではなく、一本終わるとまたパペットたちが登場し、今あった芝居の感想を語りあったり裏話を披露したりする。
パペットたち(cv.ナポリの男たち)の解説とトーク、芝居、暗転、パペット登場。自宅で動画を見ているゆるさを持ちながらも大勢でイベントを楽しんでいる雰囲気もある、うまい構成だと感じた。
舞台ではあるが、あくまでもチャンネル放送の特別回。このスタンスは崩れることなく最後まで続いていく。
各演目においては、原作(動画コンテンツ)をそのまま脚本にしているのではなく、ストーリーをより分かりやすくし、感情を揺さぶらせるように所々にエピソードが追加されていた。しかし原作の良さは殺さず、さらに小ネタをぶち込んでくる。元々のファンでなくても舞台そのものは楽しめるが、コアなファンはさらに楽しめる仕掛けになっている。
各演目の見どころ
演目「雄すぎ」では、黄色のねじねじスカーフ購入エピソードが足されたことで親子関係とスカーフに対しての思いへの解像度が上がり、感動の度合いがアップしていた。
小すぎ/すぎる(演:山下晃季)の「ナンコレー」「ウーロンチャアァ…」と言ったセリフの再現度の高さに笑い、修三おじさん(演:ひのあらた)のネイティブ方言と声の良さに驚き、蘭太郎を演じる福島の芝居のひたむきさに心打たれたファンは多いだろう。
続く「どす恋!」はひたすらかわいくポップ。元気いっぱいの田崎礼奈は瓜咲らん役にぴったりだ。土俵にまく塩のキラキラ感が少女漫画のきらめきを感じさせる。ああかわいかった、という気持ちでエンディングを迎えた後にテーマソングの作詞解説がパペットから語られ、改めてもう一度曲を聴きたくなってしまった。
「スナックしゆみ」。こちらは、“スナックしゆみ”をめぐる人々という形でストーリーが進んでいく。しゆみを演じる梨衣名の5メートルはある美しい脚、「疲れ…タッ」というねっとりとした気だるい口調に“しゆみが具現化している”と息をのむ。
花屋の青年・イケちゃん(演:青地洋)の恋と成長を見守るハートフルストーリーだが、気を抜くとパスギルのショーがぶち込まれてくるなど、従来ファンが思わず拍手してしまいそうな小ネタも満載だ。他の3つは原作のストーリーに沿っていたが、「スナックしゆみ」は原作のキャラクターを活かして新しい話を作り上げていた。もし舞台の続編があるのであれば、この“スナックしゆみ”はレギュラー化してさまざまな人間模様を見てみたいと感じた。
最後の「ナポンヌのムスカリ」。これは元々が“ナポリ歌劇団”と銘打たれていたことから、舞台化に際しての予想がしやすかったのではないだろうか。ここではシュー13世を演じるひのあらたの超絶歌唱力を堪能できただけではなく、迫力の殺陣、2次元画面との同化、等速平行移動の足元など笑いどころもたっぷり。まさにお腹いっぱいの一本だと言える。
ゲネプロではグッズのムスカリライトがなかったため観劇のみであったが、ぜひライトを手に観劇し、会場を埋め尽くすムスカリの花畑に囲まれてナポンヌの空気を味わいたいと心から思った。
今回だけではもったいない!
エンディングはYouTube再生回数117万回(2021年7月時点)を超える「涙 塩分 マルゲリータ」。オープニングのジングルから(厳密に言えば開演前に流れている前説的な注意事項アナウンスから)最後の最後まで一貫して感じたのは、とにかくファンに楽しんでもらいたいという制作スタッフと演者、ナポリの男たち4人の気持ちだろう。
脚本・演出面では、再現性だけではなく小ネタの選び方やはさみ方といった原作への強いリスペクトと、これまで演劇に触れる機会があまりなかったかもしれない層にも生の芝居の良さを伝えたいという熱意も感じた。
短編の芝居を4本連続上演しただけではこれほど楽しめなかっただろう。パペットによる前振り・芝居・解説の流れ、役者いじりなど、チャンネルの特別回という設定をしっかりと作っていたからこそ、いわゆる舞台作品とは一線を画していた。
イベントとして楽しめながらも生身の人間が演じることで感情をよりリアルに味わえ、一度で何通りもの楽しみ方ができる贅沢な作品になったと感じる。
今回の一作だけではもったいない。ぜひとも続編を。そう願ってやまない。
取材・文:広瀬有希
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