朗読劇からアニメ、ゲームへと広がりを見せ、ついに舞台作品となったロックミュージカル『MARS RED』が6月24日(木)、初日を迎えた。初日に先立ち実施されたゲネプロの様子を劇中ショットとともにレポート。生バンドとの掛け合いで生み出される、美しくもダークで儚い本作の見どころを紹介する。
ストーリーに関するネタバレはないが、劇中ショットが含まれているので、新鮮な気持ちで楽しみたいというファンは観劇後に読んでもらえたらと思う。
“弱き者”ヴァンパイアの残酷で純粋な世界
大正時代を舞台にヴァンパイアとなった元人間たちの生き様を描くロックミュージカル『MARS RED』。
物語は主人公の青年・栗栖秀太郎(演:太田基裕)が戦場にて命を落とし、ヴァンパイアとして新たな生を得る場面から始まる。一方、国内では中島中将(演:萩野崇)が発足させた、ヴァンパイアによる「零機関」が暗躍していた。彼らは人知れずヴァンパイア関連の任務を任されている部隊だ。
栗栖と彼とともにヴァンパイアとなった山上徳一(演:柳瀬大輔)は零機関へと配属され、ヴァンパイアが絡んでいると思われる事件にあたっていくことになるが――。
彼らのヴァンパイアとしての苦悩や葛藤と同時に、遺された人々の想いも繊細に紡ぎ出されていき、ある事件を経て栗栖が一つの覚悟を決めるまでの物語が描かれていく。
人とヴァンパイアは明確に違う存在だが、心の核の部分は同じなのだろう。栗栖と幼馴染の白瀬葵(演:七木奏音)、山上とその妻。人でありながらヴァンパイアを助ける天満屋主人の天満屋慎之助(演:松井勇歩)、ヴァンパイアでありながら役者として人の世界に生きるデフロット(演:KIMERU)。そして、それぞれの野望と忠誠を胸に生きる軍人の中島と前田義信 (演:中村誠治郎)。
▲中島とオリジナルキャラクターの平沼
彼らを観ていると、人間とヴァンパイアの間に横たわる違いは何なのだろうか。そう考えずにはいられなかった。生きたいと願い、大切な人の幸せを願う。そして自分の居場所を守りたいともがく。人であれヴァンパイアであれ、心の奥にある想いはこれだけなのかもしれない。とてもシンプルなはずなのに、純粋だからこそ簡単に彼らの想いの糸は絡まっていくことになる。
本作には舞台オリジナルキャラクターとしてナンバ(演:山本一慶)、平沼(演:泉見洋平)が登場する。彼らの登場によりストーリーはより捩れ、転がっていくことに。その顛末とともに、人でなくなった者はどんな決意を抱き、終わらぬ生を受け止めるのか。この作品ならではの結末を劇場や配信で見届けてほしい。
生のサウンドと鼓動が重なる歌唱シーン
本作はロックミュージカルと銘打たれている。劇場ではバンドによる生演奏が観客を迎えてくれ、そのサウンドは登場人物たちの気持ちとリンクするように、ときに激しくときに切なく物語を飾り、生演奏でしか味わえない躍動感を生み出していた。
観客の耳に届くサウンドは、言わば生まれたての音だ。それはヴァンパイアとして生まれたばかりの栗栖や山上の姿に重なった。
軍人として零機関で任務をこなしながらも、彼らの中にはまだ整理しきれないいくつもの感情が渦巻いている。その葛藤や言葉にできない想い、魂の叫びのようなものが生バンドの音に幾層にも重なっていくように感じられた。そんな、音によって生まれる臨場感もぜひ味わってもらいたい。
▲やりとりが微笑ましい栗栖と山上
そしてもちろん忘れてはならないのが、実力派揃いのキャストによる歌唱シーンだ。なかでも人間からヴァンパイアへ、という変化の渦中にいる栗栖と山上を演じる太田と柳瀬の歌声は圧巻。
劇団四季でも活躍していた柳瀬は今作では歌唱指導も務めている。絶品ともいえるその歌声を堪能できるというだけで、ミュージカルファンにとっては一見の価値ありと言えるだろう。
栗栖はヴァンパイアという特異な存在の中の、さらに稀有な「ランクA」という逸材。ヴァンパイアになったことに加え、ある種、孤独な立場に置かれている。その上、幼馴染・葵への割り切れない想いも抱えている。
全ての感情がグラデーションになっているような状態を、太田は歌で繊細に表現していた。状況の変化とともに移ろっていく栗栖の心情を、彼の音色から感じ取ることができるはずだ。
グランドミュージカルに多数出演してきた泉見洋平や、アーティストとしても活動するKIMERUが名を連ねる本作は、音楽を聞くというよりも浴びるつもりで観劇に臨んでもいいかもしれない。それほどに濃い音と芝居の融合が楽しめる作品である。
見どころを紹介、全キャラレポート
ここからは全キャラレポートを紹介する。ネタバレを避けるためキャラクターについては多くを語れないが、それぞれの見どころをお届けしたい。
まずは零機関。所属するのは栗栖と山上、スワ(演:糸川耀士郎)、タケウチ(演:平野良)の4人だ。
すでに数百年生きているスワはどこか浮世離れした雰囲気の持ち主。すべてを達観しているように見えて、意外と人間臭い部分を糸川が好演していた。
▲スワのマスクが外れる瞬間があるのかどうかも注目ポイント
怪演という言葉が似合うのは、マッドサイエンティストなタケウチを演じる平野だろう。ヴァンパイアというものへの考え方も自分の在り方も、周りとはちょっと違った捉え方をしているタケウチを、いい意味で気味悪く表現していた。ソロ曲では「そういうテイストで来るか!」という意外性を楽しんでもらいたい。
▲掴みどころのないタケウチに零機関だけでなく観客も翻弄される
新人コンビとなる栗栖と山上は、まさに人間とヴァンパイアの境界線上にいるような存在。彼らを通じて、観客はヴァンパイアの苦悩に触れていくことになる。
2人のバディ感のバランスが絶妙で、年下だけどランクAの栗栖と年上だけどランク外の山上という組み合わせは、好きな人にはたまらない関係性だろう。2人はその役どころ故に全編を通して見どころが多いが、ぜひ2人のペア感にも注目してみてほしい。
彼らを束ねるのが前田(演:中村誠治郎)だ。笑顔を封印した厳格な佇まいと、大人の色香漂う大佐に仕上がっていた。
▲とくに色気際立つ前田のくわえタバコシーン
軍人として登場するもう1人の人物が、前田の上司にあたる中島だ。彼はある信念のもと行動しているのだが、オリジナルキャラクター・平沼の登場により、彼の物語もまた原作とは変わってくる。役者として熟した技量と魅力を持つ2人の掛け合いは、思わず息を止めてしまう迫力に満ちていた。ベテランならではの味わいを堪能してみてほしい。
また零機関や平沼と関わってくるのが、オリジナルキャラクターのナンバだ。彼は本作のキーパーソンともいえる存在。ネタバレにつながるので彼を詳しく語ることはしないが、終盤での彼の想いが膨張していく様子は必見。
端正な山本の顔が苦悶に歪んでいたのが印象的。ダークな世界観の作品における、目から光が消えたような彼の芝居が好きという人には、本作はご褒美といえるのではないだろうか。
▲この表情に隠されたナンバの真意とは…
松井とKIMERUはミステリアスでどこか物悲しい雰囲気を纏いながら、それぞれ天満屋とデフロットを好演。天満屋には飄々とした軽さと色気が感じられた。KIMERUは幼さと思慮深さが混じり合う、彼にしか出せない空気感が見どころだ。
▲松井勇歩演じる天満屋
▲運命的に出会うデフロットと葵
最後に紹介するのは、紅一点の葵を演じた七木。記者としてヴァンパイア事件にも果敢に首を突っ込んでいく彼女は明朗快活でいて、とても愛情深い人物。彼女の想いは栗栖の人間らしさと深く結びついているのだが、本作では2人の感情のやりとりがとても丁寧に描かれていた。
彼女の健気さや元気な笑顔は、軍人とヴァンパイアという血生臭さとは対極にあるものだ。彼女の存在が客席に安心感をもたらし、同時にヴァンパイアや遺された者たちの苦悩を浮かび上がらせていた。闇に生きるヴァンパイアを影とするならば、彼女は太陽だろう。七木の澄んだ歌声とともに、その存在感光る芝居に注目してみてほしい。
不死の存在でありながら人間から身を隠し、太陽を避けてひっそりと生きなくてはならない弱き者ヴァンパイア。彼らを通して描かれる生の躍動をロックミュージカル『MARS RED』で体感してみてはどうだろうか。
取材・文・撮影:双海しお
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