苦難を乗り越えついに幕が開けた舞台『タンブリング』。
2.5ジゲン!!では2020年の制作発表から本作を追いかけてきた。インタビューを通してキャストの本作へ懸ける想いも聞いていただけに、無事に初日を迎えられたことにただただ安堵している。
この記事では本作の東京公演の公演レポートをお届けする。ネタバレなしで本作の魅力や見どころを紹介していく。
まっさらな青春が心揺さぶる青春劇
魂震える緊張と熱狂、再び――。
ドラマからはじまり舞台シリーズとして長年愛されてきた『タンブリング』。プロジェクト10周年として2020年・2021年と長い助走をしてきた作品が、ついに跳ぶ。劇場の赤い緞帳が上がる瞬間、そんなことが頭を過ぎった。
物語は2016年、ブラジルで開催されたリオ・オリンピックの場面から始まる。男子新体操の演技を食い入るように見つめる2人の主人公、野村朔太郎(演:高野洸)と北島晴彦(演:西銘駿)。
宝石のように目をきらめかせる2人の背後では、男子新体操チームによる演技が繰り広げられる。劇場に訪れたはずの観客は、開幕直後に“タンブリングを観戦する観客”へ。これから始まる物語の中心にある男子新体操というものが、どれほど美しく過酷であるかを思い知ることとなる。
幼馴染で親友の2人は、新体操に心動かされ、新体操で世界に羽ばたくという夢を誓い合う。しかし朔太郎が一緒に入ろうと言った航南高校に、晴彦の姿はない。
それどころか、憧れていた男子新体操部は廃部寸前。唯一の部員・古賀大輔(演:元木聖也)とともに、朔太郎は部員集めに奔走することに。
その頃、夢を語る朔太郎に対し、笑顔を浮かべながらも暗い影をまとっていた晴彦は悠徳高校に入学していた。強豪校らしい厳しい練習に退部者が後を絶たない。そんなギスギスした環境の中、晴彦は新体操キャリアをスタートさせる。
正反対とも言える環境に身を置いた2人は数カ月後、合同合宿で運命の再会を果たすが――。
素人寄せ集め集団の航南と、伝統を重んじる伝統校の悠徳。まるで雰囲気が違う2チームの対比が本作の軸となっていく。その違いは、そのままその学校を選ぶに至った朔太郎と晴彦の気持ちの違いにも通じていくのだが、ダブル主演という形だからこそ生まれる構図が作品にメリハリを与えていた。
両チームのカラーはたしかに違うのだが、何気ない日常シーンでは彼らが普通の高校生であることも感じさせてくれる。高校生特有のノリと未熟さと無敵感。「自分たちは何かになれる」という若さ故の底しれぬパワーが、客席まで我々の背中を押しにくるのだ。世界とまではいかなくても、私たちにも動かせる未来があるのではないか、と。
ただただシンプルな芝居で描かれていく高校生たちの青春。演出を務める中屋敷法仁が生み出した世界は、シンプルだからこそ透き通っていた。例えるなら不純物が取り除かれた真水だろうか。発された演者の言葉が、すっと心に澄み渡っていくのだ。
余分な解釈や思考を必要としない、どこまでもまっさらな青春は、不思議と観る者の心とリンクしていく。劇中で彼らがぶつかる困難やそれを乗り越えた先にある景色を一緒に味わっている。そんな気分にさせてくれるのだ。しっかりと作り込まれているがそれを感じさせない、キャスト陣の絶妙な芝居があるからこそ得られる感覚なのだろう。
ゼロ距離で広がる青春群像劇にどんな未来が待っているのか、それはぜひ劇場や配信で体感してみてほしい。
ここでしか味わえない興奮と感動
舞台『タンブリング』を語る上で欠かせないのが新体操だ。タンブリング中の緊迫感と感動は、決して他の作品では得ることができない、本シリーズならではの醍醐味だろう。
実際の選手であっても、どれだけ練習を積んでも失敗するときはある。それを選手ではない俳優たちが、舞台というやり直しのきかない場所で披露するのだ。本シリーズを観たことがない人であっても、それがいかに難しいことに挑戦しているのかは容易に想像できるのではないだろうか。
彼らはとんでもないことを成し遂げているのだ。
タンブリングのシーンはぜひ「成長」と「個性」に注目してもらいたい。
選手として各々が抱える課題をどう克服し、どう演技に反映させていったのか。男子新体操に詳しくない素人目でも、彼らの成長が感じ取れるように演じてくれているので、その変化を感じ取ってみてほしい。
そして個性。2つのチームはそれぞれのカラーを出した演技を披露してくれる。その違いは男子新体操の奥深さを感じさせるものであり、チームの目指すものをギュッと凝縮させたものになっている。
最終的に航南と悠徳がどんな演技にたどり着くことになるのか。最後の演技がどんなものになるのかを想像しながらストーリーを楽しむのもいいかもしれない。
本気の新体操を披露してくれる舞台は現状、『タンブリング』以外にはない。他の作品では味わえない要素だからこそ、自分なりの新体操の楽しみ方を見つけてみてほしい。
初見では純粋に楽しんで、2回目からは技の難易度を勉強してから観劇して…。そんな楽しみ方ができるのは舞台『タンブリング』ならではだろう。
もちろん専門的な知識はなしに、その熱量だけで泣けるほど本作は青春一直線な作品だ。高校生という多感で繊細な年頃ならではの葛藤と苦悩に一緒に苦しくなり、青春ならではの明るさに救われる。
青春のみで味付けされたまっすぐな人間ドラマに、人目もはばからず涙を流してみるのもたまにはいいのではないだろうか。
各キャスト見どころレポート
ここからはネタバレにならない範囲で、各キャストの見どころを簡単に紹介したい。
航南は“陽”という言葉が似合うチームだ。元木演じる古賀はこのチームの支柱とも言える存在。彼がいたから始まったといっても過言ではないだろう。競技も含め、元木はその存在感を存分に示していた。
もう1本の大黒柱が白井幹太(演:蒼木陣)だ。古賀と白井と朔太郎。この3本の柱によって、航南はあらゆる逆境を乗り越えていく。
廣野凌大演じる吉田健二は、事前に公開されていたキャラクタービジュアルのイメージをいい意味で裏切ってくれた。どんな役どころかは本編で楽しんでほしい。
梶原颯演じる筋肉命の井上正也は、さすが「SASUKE」にも出演する梶原といったところ。彼の美しい肉体美は本作の見どころの一つと言えるだろう。
綱啓永演じる鈴木昌平は航南の中でも、最も新体操に無縁そうなキャラクター。彼が次第にチームの中で存在感を増していく様子は必見だ。
ストイックという言葉が似合うのは悠徳だ。
高い実力を誇る岩崎達寛(演:納谷健)と岩崎和寛(演:長妻怜央)は二卵性双生児の双子。なんともセットで愛でたいかわいらしい双子が出来上がっていた。性格は正反対だが、しっかりお互いを思いやっている様子が細かい芝居で表現されていたのでお見逃しなく。
北乃颯希が演じるのは関西弁の荻原五郎。やや生意気なところがあるものの憎めない役を好演。とある趣味がある西野太盛演じる谷慎太郎と、留学生のバーンズ勇気演じるディーン飛鳥との軽妙なやり取りは、重い空気が漂いがちな悠徳に男子高校生らしさをプラスしていた。
そしてダブル主演の高野と西銘。幼馴染で親友でライバルな2人の間には、複雑な感情が行き来することになる。その度に痛感するのは、2人のありのままに見えるナチュラルな芝居の巧さだ。
そこに、その人間がいる。そう感じさせる芝居臭さのなさが、“等身大の高校生の存在”を観る者に感じさせ、没入感を与えてくれる。
10代の頃からともに夢を追いかけてきた高野と西銘。そんな2人の姿は、ともに夢を追いかける朔太郎と晴彦に重なる部分がどこかあるのかもしれない。
劇中では2人が抱く夢に対して、一つの答えが描かれた。しかし高野と西銘は、まさに夢へと向かう道中にいる。朔太郎と晴彦の姿に、これからさらに羽ばたくであろう2人の姿を重ねずにはいられなかった。
2020年の上演中止、さらには2021年・大阪公演の無観客配信など、本作には厳しい逆風が吹き続けた。それでも消えぬ灯火のもと、ついに東京公演へと漕ぎ着けた舞台『タンブリング』。
ここでしか味わえない感動と熱狂。それは観た者にしか分からないものである。この記事を読んだ人にも、あの唯一無二の興奮を味わってもらえたらと思う。
舞台『タンブリング』は6月24日(木)まで東京・TBS赤坂ACTシアターで上演。12月8日(水)には千秋楽公演を収録したBlu-ray&DVDの発売が予定されている。詳細は公式HPに掲載。
文:双海しお/撮影:小境勝巳
(C)2021舞台『タンブリング』製作委員会
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