峰倉かずやの『最遊記』『最遊記RELORD』を原作とした『最遊記歌劇伝』シリーズ。2021年2月、大阪で「ヘイゼル編」の完結編となる『最遊記歌劇伝-Sunrise-』が幕を開けた。この記事では、東京公演に先立ち実施された公開ゲネプロの様子をレポート。
先日実施した鈴木拡樹と椎名鯛造へのインタビューでは、2人は本作を”学校”のような存在だと語っていた。公演毎に新たな課題と目標を与えくれるというシリーズの最新作で、果たしてどんな芝居を観せてくれるのか。
具体的なネタバレは避けながら、本作の見どころや各キャストの魅力を紹介する。
涙なしに観られない、圧巻の構成力
終わりがあれば始まりがあり、別れの前には出会いがある。当たり前なこと故に忘れがちなこの事実を観客に思い出させてくれる、そんなシーンから本作は始まった。
本シリーズを“学校”に例えた鈴木の言葉を借りるなら、本作のオープニングはさながら入学からこれまでの日々を撮りためたアルバムをめくっているような感覚だろうか。懐かしいメロディラインや歌詞のことを考えると、アルバムというよりビデオを見返す気分に近いかもしれない。
旅が長くなる中で、彼ら三蔵一行が一緒にいることが当たり前になっていたが、「Darkness」で玄奘三蔵(演:鈴木拡樹)は闇に飲み込まれ、前作「Oasis」では三蔵不在の3人の様子が描かれた。隣に仲間がいつものようにいることは当たり前ではない…という展開を看守ってきたファンにとっては、改めて彼らの出会いを見つめ直す本作の構成は胸にグッとくるものがあるだろう。
この始まりがあったから、今この瞬間に繋がっている。作品が積み上げてきた歴史の厚みと、その重さを背負って立つ覚悟を舞台上から感じ取ることができた。
ファンにとっては感情が揺さぶられ激しい動悸が止まらないオープニングを終えると、前作に続き、三蔵はヘイゼル=グロース(演:法月康平)とガト(演:成松慶彦)と行動を共にし、孫悟空(演:椎名鯛造)と沙悟浄(演:平井雄基)、猪八戒(演:藤原祐規)とは別行動になっているところから物語は動き出す。
謎多き烏哭三蔵(演:唐橋充)や、幼きヘイゼルとマスターことフィルバート=グロース司教(演:うじすけ)の過去が掘り下げられているのも本作の見どころだろう。過去作品にキーパーソンと登場しつつも多くは語られてこなかった彼らのベールが剥がされていく様子は、心揺り動かす歌声と相まってインパクト大だ。
中盤には『最遊記歌劇伝』ならではのコミカルなシーンも登場。「待ってました!」と心の中で大喝采を送るファンが続出することだろう。真剣な彼らももちろんかっこいいのだが、くだらないことで大騒ぎする賑やかな姿も大きな魅力だ。長年一緒にやってきたキャストが多いカンパニーならではの、互いに背中を任せ合っているような空気感に注目だ。
別行動となっていた三蔵と孫悟空ら三人が合流するというのは、原作を知らなくても予想できるかもしれない。しかし、その演出までは実際に観てみないと分からないものだ。
舞台上で披露されるそのシーンは、想像以上の熱量で生み出され、嗚咽する暇もないほどの迫力に満ちていた。これから観劇する人は、思わず涙で視界が曇ってしまうかもしれないが、それでも目を見開き、あの4人の表情や息遣いを目に焼き付けてほしいと思う。それほどまでに、一瞬たりとも見逃せない見事なシーンに仕上がっていた。
本作での見どころは? 全キャラレポート
本作のメインキャストは、そのほとんどがシリーズを通して同じ役を何年にも渡り演じてきた。その完成度の高さを今さら言葉を尽くして語る必要もないかもしれない。そこで今回は、今作ならではの見どころに絞って紹介していきたいと思う。
まずは主演、玄奘三蔵役の鈴木拡樹。端正な顔立ちから銃弾のように飛び出す乱暴な言葉とのミスマッチは、なんともクセになる。今作での三蔵は高みの見物とはいかず、痛々しい姿も披露するが、その表情一つで役者として鈴木拡樹の凄まじさを味わえる。
長きに渡り、三蔵に向き合い続け、対話を続けてきたのだろう。そうして出来上がった鈴木拡樹の三蔵は、さながら水面に波紋を生み出す小石のようだ。ステージ上のピンと張り詰めた空気が、彼の芝居で動き出し、そして伝播していく。“場を支配する芝居”というものを感じずにはいられなかった。
鈴木と同じく初演から出演している孫悟空役の椎名鯛造は、三蔵の存在も烏哭の思惑も、真っ直ぐな飾らない想いで受け止め、打ち返していく。初演の本読みで感じた気持ちのまま孫悟空を演じるようにしていると、インタビューで彼は語ってくれた。
悟空の持つ天真爛漫さと数多くの作品で活躍してきた椎名の経験値。その2つの絶妙な融合を、彼の芝居や歌唱、アクションで味わえることだろう。
安定といえば、猪八戒役の藤原祐規の安心感は今作も健在。終盤では、原作ファンなら観たいであろう、彼の“あのセリフ”も!?
セリフがないシーンでも一行の“保父さん”的立ち位置で、細かな芝居を入れていたのが印象的だ。正直目が足りなかったので、猪八戒定点カメラも欲しいほどだ。
そして一行に新キャストとして加わった沙悟浄役の平井雄基。前述の通り、本作では“出会い”も大事に描かれている。新キャストである彼が加わったこのタイミングで描かれる“出会い”は、普通の回想シーンにはとどまらない大きな意味があったのではないかと思う。
本作を支える大きな柱の一つが法月康平演じるヘイゼルだろう。ヘイゼル登場以降、多くの観客が彼の歌声に魅了されてきたと思うが、今作はその完成形と言えるのではないだろうか。
これまで掴みどころのない雰囲気があったヘイゼルだが、今作では圧倒的な“影”を背負うことになる。魂の叫びの発露として、祈るように歌われるナンバーは、聴く者の心を抉っていくので心して耳を傾けよう。
その相棒・ガトを演じるのは成松慶彦だ。饒舌なヘイゼルと違い口数が少ない人物とあって、彼の心は読みにくい。そんな彼は何のために行動し、ヘイゼルをどう思っているのか。芯の通った成松の芝居が、ガトの感情を見事に表現していた。
夏目航太朗・土方柚希(Wキャスト)の幼きヘイゼルも必見だ。劇中で“天使”と表現されるだけあって、本当に愛くるしい。特にソロパートではノンストップでキュートなので、天使に連れられてうっかり召されないようご注意を。
ヘイゼルの育ての親であるフィルバート=グロース役のうじすけ、三蔵にとって師であり育ての親である光明三蔵役の三上俊。どちらも物語開始時にすでに故人であり、大切な“子供”をこの世に残してきている。ときに優しく、ときに厳しく、子を導き守りたいという慈愛に満ちた2人の存在が、今を生きている三蔵やヘイゼルの“命の輝き”をより浮かび上がらせていた。
そして最後は、烏哭三蔵役の唐橋充。“闇”をまとった烏哭の底しれぬ恐ろしさは、唐橋の鳥肌モノの芝居があるからこそ生まれるのだろう。彼が登場すると、得体の知れぬ物に指先でかすかに触れたような、奇妙な恐ろしさに支配されてしまうのだ。
インタビューで鈴木は、見どころとして烏哭を挙げていた。作品を観れば、彼がそう言った理由がよく分かるだろう。人の生死すらゲームのように俯瞰する烏哭、そして三蔵一行とヘイゼル、ガトは果たして、どんな感情のやり取りをして、どんなエンディングに向かうのか。
劇場が烏哭の生み出す絶望に包み込まれていく中、彼らがたどり着く旅の一区切りを見届けよう。
闇の中に浮かび上がる命の讃歌
“生きたい”と思った三蔵に、“行きたい”と立ち上がった悟空。彼らの合流を軸に、ヘイゼルの成長やガトの生き様が濃厚に描かれていく本作。
時折、烏哭は絶望的な“闇”で全ての光を奪っていくが、だからこそ生きることを選んだ者たちの輝きが増して見える。作品が一つ増える度に重さを増していった歌声は、本作ではまるで命の讃歌のように会場に降り注いでいた。
座長・鈴木がずっと目標にしてきたと語る「ヘイゼル編」のラストを飾る『最遊記歌劇伝-Sunrise-』は、24日(水)まで東京・品川プリンスホテル ステラボ-ルで上演。積み重ねて進化してきたもの、そして“変わらないもの”を感じながら、約2時間の旅路を楽しんでほしい。
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