2020年12月9日(水)、舞台「ホテルアヴニール」が開幕した。
本作は、とあるホテルを舞台とした短編オムニバス。4つの客室で繰り広げられる、合計4つの2人芝居でストーリーが構成される。
高橋良輔×植万由香、藤松祥子×篠崎彩奈は毎回固定で、残りの6人のうち4人がさまざまな組み合わせで加わる。そのため、各公演毎の印象が大きく変わることが予想される舞台だ。
しかし、きっと変わらないものがある。それは、観劇後の心の温かさと「楽しかった」という気持ちだ。
初日に先立ち行われたゲネプロでは、初回公演と同じく小西成弥×深澤大河、高橋良輔×植万由香、校條拳太朗×上田悠介、藤松祥子×篠崎彩奈の4組、8人が出演した。
それぞれの部屋で起こる、それぞれの人生模様をレポートする。
笑いと切なさと不思議が詰まった4本の日常オムニバス
日常を描くのは難しい。感情をぐちゃぐちゃにかき乱されるようなドラマチックな展開で、起伏に富んだ壮大なスケールの一大スペクタル。そういったものも素晴らしいが、いわゆる“日常”を描くのは、また違った難しさと素晴らしさがあると感じている。
誰の身にも起こりうること、みんなが経験してきたこと…。だからこそ、日常を描くのに嘘はつけない。また、登場人物と自分と重ねて感情移入したり、「あるある」と共感したりするのも特徴だ。
しかし、ただ平穏無事に話が進んでいくのではエンターテインメントとして成立しない。
日常を逸脱しない程度にほんのちょっとの不思議を加えたり、大きくはないが事件というスパイスをふりかけることで、観客は身近な出来事として感情移入しながら、舞台の世界に引きずり込まれていくのだ。
本作は、そのバランスが絶妙だと感じた。何せ演出は、「バック・トゥ・ザ・ホーム」などで知られる「時速246億」の川本成だ。日常の中に突然「??????」と首を傾げてしまうほどの要素をぶち込み、とんでもなく賑やかで楽しくわくわくするものに変えてしまう。
1本目は高橋良輔×植万由香。締め切り間際でホテルの部屋に缶詰めになっている小説家の夫のもとに、妻が弁当を届けにやって来る。夫は弁当に感謝しながらも、妻が子供の普段の様子を語り始めることにイライラし始める。あるあるだ。よく分かる。
ここまでは「締め切り間際の夫の状況を顧みずに、落ち着いて仕事をさせない妻」という印象だが、父として夫として家庭を顧みていないことが少しずつ明らかになっていき、次第に形勢は変わり始める。
そして妻の出した「離婚届」という切り札。なるほどそう来るだろうなと予想していたスパイスなのだが、それだけでは終わらない。
次から次へと隠し玉を繰り出し、畳み掛ける妻。それに悲鳴を上げながら振り回される夫。植万由香のツッコミの強さと高橋良輔のコメディセンスに思わず笑ってしまうこと間違いなしだ。
そして、笑いだけでは終わらずに心に“ふんわり”としたものも残して1本目は終わる。起承転結の「起」として、さまざまな要素がバランスよく詰め込まれていた。
2本目は小西成弥×深澤大河。長年の仲良しである2人がどんな芝居を見せてくれるのだろうと楽しみにしていたが、予想以上のものを受け取ることができた。
小西はブドウ農家、深澤は劇団主宰という設定。久しぶりに再会し、わちゃわちゃとしたリアルなやりとりを繰り広げる2人だが、小西から芝居素人ならではの疑問が次々と噴出。深澤は暴走気味の小西に振り回されることに。
ゲネプロと初回公演を見比べて分かる「ここはちゃんと芝居だったんだな」という部分と、素が出てしまっている微笑ましい部分。2人が心から楽しく舞台に取り組んでいるのが分かった。
3本目は藤松祥子×篠崎彩奈。女子の組み合わせは、ほろ苦さと切なさを中心にストーリーが展開される。葛藤と決意、女同士の強い友情にほろりと泣けてくる。
また、西山宏幸の作る音楽がいい。この2人が披露する楽曲や、話と話の間に差し込まれる音楽が最高におしゃれで胸にぐっとくる。
4本目の校條拳太朗×上田悠介は、まさに川本成ワールド全開。思わず頭に「???????」とクエスチョンマークを噴出させて「どうした??」と突っ込みたくなりながらも、楽しそうな2人に笑ってしまうのだが、最後にはなぜだか感動を覚える。
このペアは初日にして千秋楽なので、もし見逃してしまった人は配信で観てほしい。
そして、校條拳太朗×上田悠介に限らずだが、どれも明るく笑って楽しめるだけではなく、ところどころに胸がギュッとなるセリフが散りばめられている。それを大きく受け止めるも、ふんわりと要素として感じるも我々の自由なのだろう。
4組の日常にかけられた「非日常」と「内面から湧き出る気持ち」というスパイス。
この4組の話にほんの少しだけ出てくるキーワードが、ラストで伏線として回収されていく。観劇後は疲れることなくすっきりとして、また観たいなとふわふわした気持ちで帰ることができる。
毎日変わるペア、そして変わる4本の芝居の組み合わせで、大きく一本の舞台として観た時にどう印象が変わるのだろうか。全ての公演を見比べて楽しんでほしい。
心癒やされる舞台と芝居、生でも配信でも
初回公演後のアフタートークで、2本目でコメディ色強めの演技を披露してくれた小西成弥は「稽古の時にはどうなるのか分からなかったけれど、お客様が入って初めて『あっ、ここで笑うんだな』と分かりました」と語った。配信だけでは分からない、生の舞台の醍醐味だろう。
なかなか大声では笑いにくい昨今だが、周りが笑っていれば自分も楽しくなる。そして、その笑いをはじめとした反応は、舞台上の役者たちに直接届いている。小西の一言には、客前で演技をする喜びが込められているように感じた。
配信には配信の良さがあり、キャストの表情や演技を細かく観られたり、アーカイブがあればリアルタイムではなく好きな時に観ることができる。生と配信、両方の機会が与えられているのはありがたいことだ。
ペアが変われば芝居も変わり、公演が進むにつれて芝居も変わっていくだろう。それも、座組での信頼関係あってこそだ。
かつて、一つの舞台でともに汗を流した男性キャスト陣の絆、個性的で意志の強さを感じる女性キャスト。雰囲気の良さが芝居の良さに繋がり、観劇後の心地良さに繋がっている。
疲れのたまっている2020年の年末。大いに笑って、疲れることなく楽しめる舞台「ホテルアヴニール」を、ぜひそれぞれの都合に合わせて観劇をしてほしい。
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