2020年11月11日、東京・すみだパークシアター倉で舞台「いい人間の教科書。」が開幕。公演に先立ちゲネプロが行われた。
本作は、俳優4人によるエチュードの会話劇。小さな空間に突如拘束された4人の男たちが、そこから脱出するため“いい人間”について激しく議論をぶつけあう内容で、2019年の劇団アレン座第4回本公演『いい人間の教科書。』のリメイクとなる。
人間の心の底にあるものを深くえぐり出す同舞台の作・演出は、繊細な心理描写に定評のある鈴木茉美。4人それぞれの隠された素顔が、じわじわと追い詰められるにしたがいあぶりだされていく。
東京公演の出演者は朝田淳弥、栗田学武、橋本全一、武藤賢人(五十音順)。大阪公演ではキャストが一部変更となり、磯野大、大崎捺希、栗田学武、武藤賢人で公演が行われる。
“いい人間”とは何なのか…
劇場内、中央に設置された無機質な舞台。それをぐるりと取り囲むように座席が配置されている。大がかりなセットは何も無い。小さな椅子が4つ、ただそれだけだ。
「只今をもって、あなた方四人を拘束します」
現実世界なのか、はたまた異世界なのか。彼らはそれぞれ別々の場所から、突然「そこ」に放り込まれるようにして拘束された。
のんびりと過ごしていたリビングや会社の帰り道などから、気が付いたときにはそこにいたのだ。4人以外には誰もおらず、囲まれた壁の外に何があるかは分からない。
不意に明かりがつき、互いの姿を見て驚く4人。きっちりとストーリーが決められた舞台であれば、自己紹介をしてこれまでの経緯を話し、ここがどこなのか、脱出するにはどうしたらいいだろうかと冷静な話し合いが始まるだろう。
しかし、この舞台はそうではない。自分の置かれた状況や自分以外の3人を受け入れることができず、認めることができない。動転して罵り合い、会話にならないほどにヒートアップする。実にリアルだ。
突然、頭上の画面に文字が現れ、4人はこの中で“いい人間”1人のみが解放されると知る。
果たして“いい人間”とは何なのか。そして解放されるのは誰なのか。
曖昧になっていく罪の基準
本作は全編エチュードではあるが、マラソンにおける給水ポイントのように、スタートと重要なポイントとゴールは決まっているようだ。しかし途中に何が起こるか、どんな掛け合いが行われるのかは分からない。
もちろんゴールは“いい人間”と判定されて閉鎖空間から脱出することなのだが、議論の目的は次第に“いい人間”の判定よりも、さらけ出された各々の内面をどう捉えるのかにシフトする。
4人はそれぞれに内から溢れてくる言葉を発し、また誰かがそれを受け取って繋いでいく。それは、役者それぞれの勘と反射神経、互いの芝居に対する信頼関係で成り立っているのだろう。
繰り返される平穏な日常から突如として放り込まれた閉鎖空間で、男たちは自分のこれまでの人生や犯してしまった罪と向き合っていく。一般的に“罪”とされているものから、罪になるのだろうかと考えさせられるものまで…。議論が進むにつれて、彼らの本質が浮かび上がり、えぐり出されていく。
観客は次第に“罪”の基準が曖昧になっていくだろう。そして、そんな外部からの刺激によって“考え方が変わってしまう自分”を、主体性の無い人間だと感じてしまうかもしれない。非情なまでに価値観が揺さぶられる舞台だ。
演者にとっては生命が削り取られるような90分だろう。エチュードであるが故に、芝居を繋げるためには本心から発した言葉が必要だ。役を体感し、自分自身と重ね、言葉や表情を絞り出すには相当な演技のカロリーが消費されていると感じた。
キャストコメント
終演後に行われた囲み会見では、稽古中のエピソードや90分の芝居の中で感じたことなどが語られた。
いい面も悪い面を全てさらけ出したという稽古では、互いの新しい顔を発見し、さらに絆が深まったそうだ。台本の無い稽古では、人となりを知らなければ成り立たないという理由から徹底的なディスカッションが行われ、「生い立ちからプライベートまで、もうお互いに知らないことは無い」というところまで話し合いがされたという。
栗田学武「この4人と、脚本・演出の鈴木茉美さんと、まさに命を懸けて作り上げてきました。稽古でもリアルを突き詰めてきたので、お客様を前にした時にまた新しいリアルなものが生まれると思います。日々発する言葉、生まれる感情。それらもどんどん変わっていくはずです。お互いを信頼しながら演じて、最後まで命を懸けて駆け抜けていきます。」
橋本全一「こういう時だからこそ、やっぱり本気で楽しまないといけないと思いますし、僕たちが楽しんでいれば、それはお客様にも伝わると思います。だから、楽しむぞっ!」
武藤賢人「リアルな芝居なので、常にリアル感を大事にして演じていきたいと思っています。千秋楽までとにかく体調を管理して、最後までできるように頑張ります。」
朝田淳弥「この状況の中で舞台に立てることに感謝しています。キャスト、スタッフ、関係者の皆様のおかげです。エチュードということで、その場で生まれて感じて生きる…今回は自分にとって大きな挑戦です。稽古中もたくさんの大きな壁にぶつかりましたが、公演終了後に”成長したね”と思っていただけるように頑張っていきます。」
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