区役所内に人知れず存在する「夜間地域交流課」の活動を描く舞台「真夜中のオカルト公務員」が、2020年10月29日(木)に開幕。夜間公務員と、人ならざる存在“アナザー”との間に起こる出来事は、果たして舞台上でどう描かれるのだろうか。
2.5ジゲン!!では、初日に先立ち実施されたゲネプロの様子をレポート。観劇前の予習や観劇後に思い出に浸りたいときに読んでもらいたい。
計算し尽くされたテンポと展開
「真夜中のオカルト公務員」は、「砂の耳」と呼ばれるアナザーの声を聞く能力を持つ宮古新(演:谷水力)が、新宿区の「夜間地域交流課」に就職するところから始まる。
「砂の耳」というのは、もはや都市伝説となっているような能力である。どれくらい珍しいのかというと、新がアナザーたちに、かの有名な陰陽師・安倍晴明に間違われてしまうくらいレアな能力だ。
彼はこの能力を持っていたことで、アナザー案件を扱う「夜間地域交流課」にはうってつけの人材となる。それと同時に、この能力を持っていることで葛藤や悩みが生まれていく。
本作では、その心の揺れ動きを複数の案件を通じて丁寧に浮かび上がらせていたのが印象的だ。主演を務める谷水力のセリフ量もとにかく多く、それでいて説明的になりすぎない演出が、観客をリアルとフィクションの間に誘っていた。
掘り下げるべき案件はしっかり掘り下げつつも、新たなアナザー案件は次々と現れる。正直観劇前は、こんなに複数の原作エピソードを観られるとは思っていなかった。
ともすると駆け足に感じてしまう展開だが、彼らが所属するのは「夜間地域交流課」。いつだって彼らのもとに舞い込む案件は、そこで働く彼らの事情などお構いなしにもたらされる。
スピード感ある展開も、彼らの公務員的な側面を強化する演出の一部になっていたのが印象的だ。約2時間の上演時間の中に、日々慌ただしく過ぎていく「夜間地域交流課」の日常を感じられるだろう。
舞台だからこそ生み出せたアナザーの輪郭
原作やアニメを知っているファンにとって、この作品の魅力はどんなところにあるだろうか。
キャラクターの魅力や設定の妙も挙げられるだろうが、それらと並んで“日常に潜む非日常感”が好きという人も多いのではないかと思う。
私たちの日々の暮らしの中にも、目に見えていないだけでアナザーが存在している“かもしれない”。本作はこの“かもしれない”を肌で感じさせてくれた。
▲序盤から活躍する天狗(演:斎藤直紀)
フィクションとして片付けてしまいがちな妖精や天狗・神様といった存在を、舞台では体温を伴うリアルな存在として知覚できる。このおかげで他のメディアで触れる「真夜中のオカルト公務員」より、圧倒的にアナザーの存在をすぐ隣に感じることができるのだ。
これはアナザーの演出を映像で済まさず、きちんとキャストをあてて役者が演じる存在とした制作陣のこだわりのおかげと言えるだろう。そこにたしかに彼らが“居る”ということを、読者もぜひ劇場で感じてみてほしい。
▲新(演:谷水力)を囲むモフモフの正体は……
作り手側のこだわりは、アナザーの演出でも随所に感じられた。アナザーはそもそもが人間とはまったく異なる存在。それらを舞台上で生かすために、複数の工夫が凝らされているのだ。
すでにアニメ化もされているこの作品を、あえて舞台で上演する意味を感じられることだろう。
メインキャスト・見どころをレポート
ここからは各キャストの見どころを紹介しよう。
宮古新役の谷水力は主人公としてほぼ出ずっぱりだ。どのシーンも彼を中心に展開され、ときには狂言回しの役割も果たす。
善性の溢れ出る新は、陽のオーラをまとう谷水のはまり役と言えるだろう。派手なアクションがあるわけではないが、真っ直ぐな熱量で記憶に残る演技をみせてくれた。
▲どこまでも真摯に視線を投げかける新の姿を谷水が好演
同僚の榊京一(演:磯野大)、姫塚セオ(演:とまん)は、まずぱっと目に入ってきた瞬間のシルエットが完璧である。2人の身長差や新に加わったトリオ感が抜群で、3人がきゅっと集まって相談しているシーンは目が離せなくなってしまった。
彼らの上司・仙田礼二(演:田中稔彦)は、底しれぬ存在感を発揮。意外にも屈強なメンタルで、細かなボケを多数放り込んでいたので、セリフがないシーンも注目してみてほしい。
▲笑いに貪欲な姿勢が見え隠れする仙田(演:田中稔彦)
新が業務上関わることになる狩野一悟(演:瀬戸啓太)は、今作の登場キャラでは数少ないネガティブな感情を抱く役どころだ。端正な顔立ちから発せられるマイナス感情は迫力満点。従姉妹の狩野一茜(演:永瀬千裕)とのやり取りも必見だ。
▲凛々しいスーツ姿が目を引く狩野一 悟(演:瀬戸啓太)
▲千草(演:毎熊宏介)や玉緒(演:石賀和輝)とのこんな可愛らしいシーンも
そして、新を語る上で欠かせない存在となる琥珀役を釣本南が好演。アナザーの中でも神という別格として位置づけられている琥珀の思考回路は、基本的に人間とは相容れない。そんな人間の尺度では測れない存在を、釣本が絶妙なバランスで演じている。
今作では描かれていない新と琥珀の日常をもっと観てみたい、そう思わせてくれる舞台ならではの新と琥珀の姿がそこにはあった。
本作が上演されるのは、奇しくも舞台となる新宿区役所からほど近い東京・新宿FACEだ。舞台で描かれているような出来事が、いまこの瞬間、劇場のすぐ側で人知れず起きているかもしれない。そんな想像をするにはこれ以上無いほどぴったりなロケーションだ。
観劇前、劇場へと続く新宿歌舞伎町の空気を吸ってみてほしい。この作品を観てからもう一度深呼吸したとき、その匂いは以前と少しだけ違って感じるかもしれない。
大事なのはきっと、実際に見える、見えないではなく、その存在を信じること。対話することを諦めなかった新の姿に、そんなことを感じた。
舞台「真夜中のオカルト公務員」は2020年10月29日(木)から11月7日(土)まで“ご当地”東京・新宿で上演される。日常からほんの少し離れたいとき、新宿FACEに現れるアザーズと「夜間地域交流課」に会いに行ってみてはどうだろうか。
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