2021年東京パラリンピック開会式の演出を担当した舞台演出家のウォーリー木下さんには、生まれながら重度の障害がある兄がいる。そんな木下さんが、パラ開会式の準備をしながら驚いたことがある。
「頭の構造が自由すぎて、びっくりするぐらい。すごいんですよ」
開会式でデコトラの一番前にいた武藤将胤さんとの出会いだった。
最もアイデアのある人
武藤さんはALS(全身の筋肉が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症」)で体が全く動かない。唯一できるのは、目線で視線入力して会話をするだけ。話をすると、こう言われたという。
「ALSという難病にかかり、たとえ今は治る方法がなかったとしても、これから先同じような病気になった人が楽しいと思えるような世界にしたい」
人間なんて実は、なんでもできる人の方が少ない。そして、何もできない人たちのための未来を作ろうとしている。木下さんは、武藤さんのことを自分の知り合いの中で最もアイデアのある人だと感じた。
そして、気付く。
「歩けないとか、目が見えないとか、耳が聞こえないとか、しゃべれないということによって生まれる自由を楽しめる人がたくさんいる。それは演劇にも応用できる」
もともとノンバーバル(言葉を使わない)パフォーマンスに挑戦し、海外からも高い評価を得てきた。スポーツやゲームなどと同じように、「『しゃべらない』という足かせをつけることで、ルールという枠組みを作る。その中で、ものを作り、パフォーマンスをすることの面白さを考えていた」という。
だが、パラリンピックなどを経て、いまでは「実は、ルールの中の自由さを楽しんでいた」と理解している。武藤さんたちとの出会いがきっかけだった。
作品一つずつに込める意味
木下さんは、一つの作品を作るごとに、必ず、「社会にとっていま、これをやる意味」を考えている。今年初めて挑む舞台「僕はまだ死んでない」(2022年2月17~28日、東京・銀座8丁目博品館劇場)では、終末医療について描く。終末医療、安楽死、命の選択について、考えるきっかけになればと言う。
パラリンピックでは、「人と人をつなぐ」ということを意識していた。和合由依さんが演じた「片翼の小さな飛行機」の印象的な場面も、「片翼の飛行機の女の子が自分1人で意識改革して、空を飛び立つのではなくて、へんてこなロックバンドの人と出会ったり、車いすの上で踊っている人と出会ったりして、変わっていくということにしたかった」という。
式は、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着かず、無観客にはなったが、式を演じている人だけでなく、そこにいる選手たちの力も得て飛び立つ。「1人ではないんだ、人と人がつながることで、何かをなしえることができるんだと」とその意図を話す。
そして、付け加えた。
「でも、本当は、別になしえなくてもいいんですよ。何かつながることで、見えることを体験してほしいということがありました」
パラリンピックを経て、日本国内は変わったのだろうか。
木下さんは「ムードは大きく変わったと思います。バリアフリーは、人の心のバリアフリーが一番大きいと思います。そこが少しだけ、日本でもスタートしそうだなという予感はあります」と言う。
ただ道は半ば。そして、こう期待した。
「これをよりもっと具体的にどうしたらいいか。日本人はマニュアル、ノウハウがないと手をさしのべにくい。だから、そういうものをもっと浸透させないといけない。当たり前だけど、それをみんなに広めていくのが必要だなと思うし、それが2022年は始まる年なんだろうなと思います」
ウォーリー木下さんの最新作となる舞台「僕はまだ死んでない」は2月17~28日、東京・銀座8丁目博品館劇場で上演される。
公式サイト:https://www.stagegate.jp/stagegate/performance/2022/bokumada2022/index.html
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