2022年2月開幕の舞台「千と千尋の神隠し」のほか、『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stageなど数々の人気2.5次元作品や映画などで衣裳を担当しているスタイリスト・中原幸子さん。
衣裳デザインから一貫して手掛ける中原さんが衣裳を学び始めたのは27歳のとき。それまでスポーツ一筋の人生だったというが、単身渡米し、下積み時代を経験。現在、彼女が手掛ける衣裳は「キャラクターがそこに“いる”」と原作ファンに言わしめる。
2.5ジゲン!!では中原さんに単独取材を実施。衣裳との出会いからこれまでのキャリア、衣裳へのこだわりとプライドについて前後編で聞いていく。
衣裳との出会いは「立てなくなるほどの衝撃」
――スタイリストのお仕事を目指した理由やきっかけを教えてください。
実を言うと私、もともとは衣裳と全く関連のない仕事をしていたんです。子どもの頃からスポーツ一筋、大人になってからもスポーツプレイヤーとして生きていて、洋服を縫ったことはおろかミシンに触ったことすらほとんどありませんでした。
転機が訪れたのは20代後半です。体の故障がきっかけでスポーツを続けることができなくなり、挫折感から2年ほど引きこもり生活を経験しました。そんな中で「このままではいけない」という気持ちが募り、ふと思い立って見に行ったのが、大沢たかおさんの一人芝居だったんです。
――それまでお芝居を観劇した経験は?
ありませんでした。演劇のことも洋服のことも全く知らずふらっと見に行ったその舞台で、初めて「舞台衣裳」というものに触れて、ものすごい衝撃を受けたんです。
その舞台は大沢さんが1人で何役も演じる作品だったのですが、衣裳と大沢さんの間にあふれる素晴らしい関係性が客席まで伝わってきました。いろいろな役を見事に演じ分ける役者さんはもちろんすごいのですが、衣裳の力も本当に大きいなと感じたんです。
体格のいい成人男性の姿が、演技と衣裳の力だけで、うら若い青年、老人、女性と、くるくる変化して見える。お芝居を支える衣裳のパワーに心底圧倒されてしまって、カーテンコールで客席がみんなスタンディングオベーションしている中、腰が抜けて立ち上がれなくなってしまったんですよ。
観る人にそれほどの感動を与えられる「衣裳」というものに初めて触れて、「私もやってみたい」と感じたのが、この世界に入ったきっかけです。
――そこからどのような行動を起こしましたか?
私の場合、専門学校に行くよりも「とにかく現場で力をつけよう」と思い、服飾関係の仕事を探し始めました。ただ、そのとき私は27歳で未経験。専門知識も特にない…となると、日本ではなかなか採用されるチャンスが巡ってきません。それならもう日本を出ようと決めて、アメリカへ渡ったんです。
――かなりの行動派ですね!
とにかく「絶対に衣裳デザインの仕事がやりたい」という気持ちがあったので、できることは何でもしたかったんですね。
渡米してすぐには働くことができなかったため、住居探しなど生活環境を整えることに専念しましたが、働けるようになってからはすぐ動きました。まずはアパレルショップの販売員としてアルバイトを始め、服の扱いを学びました。
その後、そこで得た情報をもとに某ブランドのデザイナーさんに弟子入りを申し込みました。「お金も何も要らないから修行させてほしい」と頼み込む形で、最初は当然「NO」と言われて門前払いされましたが、「YES」という返事をもらえるまで毎日通い続けたんですよ。
――先方としては、情熱に押されて採用した、ということでしょうか。
たぶんそうですね(笑)。「とにかくこの仕事がやりたい」と伝え続けた結果、「そんなにやりたいなら、まあ来なさいよ」という感じで採用してもらいました。
――そのデザイナーさんのもとでは、どんな仕事をしたのですか?
まずはアシスタントからスタートしました。要はデザイナーやパタンナー(=型紙を作成する人)がスムーズに作業できるよう、あらゆる雑務をこなす仕事です。最初の1年間はアトリエの掃除に徹し、そして次にはフィッティングモデルをしていきました。
仕事をしながら、ゴミ箱に捨てられたデザイン画や型紙を拾っては持ち帰り、「このデザインの意図は何だろう?」「どうしてこういうパターンになるんだろう?」といったことを独学で研究しました。
――まさに「見て学ぶ」形式だったのですね。
「プラダを着た悪魔」という映画で、アン・ハサウェイ演じる主人公がファッション誌の編集部でアシスタントを務めていますが、あのイメージです。映画を見て「ああ同じだ」と共感したりもしました。
そうして働くうちに、デザイナーさんやパタンナーさんが、私の勉強に役立ちそうな資料をわざとゴミ箱に入れてくれるようになったんです。例えば、失敗していないデザインやパターンを「紙が汚れちゃったから」と言ってあえて捨ててくれたりして…。デザイナーたちが自分が書いたものを捨てるってなかなかのことなので、温かい心遣いを感じました。
――その後も、服飾関連の専門学校には通っていらっしゃらないのですね。
はい、私の場合は全て現場で学びました。デザイン画も最初は全く描けなかったので、デザイナーさんが捨てたものを拾って、毎日トレースして練習しましたし、洋服を綺麗に見せる技術、服の構造、裁断や裁縫の技術、生地選びの重要性なども、仕事の中で感覚的に身につけていきました。フィッティングモデルも良い経験で、実際に仮縫いされた服を着て、それに対してパタンナーが修正をかけていくのですが、それをリアルに体感していくことで服と体の空間の作り方などもリアルに肌で感じられました。
――日本へ帰国したのはいつ頃でしたか?
33歳くらいのときです。デザイナーさんから「(アメリカで)正式に就職しないか」というオファーも頂いたんですが、やはり仕事の拠点は日本に置きたい、日本でチャレンジしたいという思いが強く、帰国しました。
そして、初めて任せていただいたお仕事が、ある男性アイドルグループのコンサート衣裳だったんです。そこから正式にスタイリストを名乗るようになりました。
――初仕事はいかがでしたか?
色々な意味でチャレンジングな仕事になりました。日本特有の慣習があり、それは芸能界に詳しくない当時の私から見ると不思議なものに思えたんです。色々な方の意見を聞いていった結果、メンバー一人一人の個性を表現したデザインを提案しました。
具体的には、一着ずつ生地やデザインをバラバラにして、メンバーそれぞれの個性を出していく。でも全体のテーマはブレないようにすることで、まとまりも出す。そんなこだわりを持ってデザイン・スタイリングをしました。
これは前例があまりない試みだったので、クリアしなければならない課題も多々ありましたが、結果的にはメンバーにもファンの方々にも喜んでいただけて、そこから別のお仕事にもご縁が広がっていきました。
「衣裳を5回作り直したことも…」
――舞台の衣裳を手掛けることになったきっかけは?
男性・女性アイドルの衣裳を担当した後、アーティストのライブ衣裳や映画の衣裳など、多様なお仕事を受けるようになり、そこから人脈が繋がって舞台のオファーを頂いた形です。
――舞台衣裳の仕事は、どのような流れで行われるのでしょうか?
まずは演出家さんとテーマを相談し、デザイン画を起こします。演出家さんのOKが出たら、ビジュアル撮影用の衣裳を作成していきます。実際に俳優さんが袖を通すのは、この撮影のタイミングが最初になります。そこから体型に合わせてデザインやパターンを調整し直し、新たにステージ本番用に、衣裳を修正したり作り直ししたりしていきます。
――撮影用とステージ用、別の衣裳を制作するのですね。
私の場合はそうしています。やはり実際に着用していただくと、数値だけでは計算できない部分が見えてきて、調整すべき部分も分かってくるんです。
本番用の衣裳は、演出上の動きや振り付け、俳優さんの動きのクセも計算して作ります。スタッフ間で共有される稽古動画がある場合は、毎日必ずチェックしますよ。「この役者さんはこの場面でこういうふうに動くんだな。もっと綺麗にひるがえるよう、ここを直そう」といったことをチェックし、衣裳に反映させていきます。
ときには、一度作った舞台用の衣裳をイチから作り直すこともあります。ある2.5次元舞台では、理想的な服の動きにするために全部で5回作り直したキャラクターもいました。
――非常に根気の要る作業ですね。
舞台衣裳って、意外と「作って終わり」の作業ではなくて、本番直前、それこそキャストがステージに立つギリギリまで調整していることも多いですよ。場合によっては「そこまでやらなくてもいいよ」と言われることもあるのですが、妥協はしたくないんです。
――何故そこまで徹底されるのですか?
やっぱり良いものを作りたいですし、キャストとキャラクターを最大限魅力的に見せたいという思いがあります。舞台上のキャストにとって、衣裳は武器の1つです。その人が一番魅力的に見えることと、キャラクターのリアリティを感じられること。両方を考える必要があるし、結局のところ、この2つはどちらも繋がっているんですよね。
しわ1本あるかないかでも、印象がガラリと変わってしまいます。そのしわがストーリーの流れやキャラクターの本質を表すものなら「必要なしわ」「魅力的なしわ」と言えますが、ただ体に合っていないだけの窮屈そうなしわなら、不要な雑音になってしまいます。
観ている方は、そこまで細かく意識しないかもしれません。でもパッと見た印象はやはり変わります。衣裳は、お芝居の主役であるキャラクターやキャストを引き立てるものであるべきで、邪魔をしてはいけないと思うんです。…なんだか熱く語ってしまってすみません!(笑)衣裳の話になるとつい熱が入ってしまいます。
――情熱とこだわりを徹底していらっしゃるからこそ、中原さんの衣裳には「キャラクターがそこで生きている」と感じさせる力があるのですね。
そう感じていただけていたら、嬉しいですね。
* * *
インタビュー前半では、衣裳の仕事に就くために行ったアクションや、仕事へのこだわりについて語られた。後半ではさらに詳しく、舞台衣裳に見られる特徴や2.5次元作品でリアリティを追求する術、衣裳の仕事を目指す人へのアドバイスなどを聞いていく。
取材・文:豊島オリカ/写真:中原幸子さん提供
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