2020年12月5日(土)、舞台「幽☆遊☆白書」其の弐が開幕した。
原作は、1990年から1994年にわたって「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載された、冨樫義博による漫画「幽☆遊☆白書」。その不朽の名作が舞台化されるのは2019年の初演に続き、今回で2度目。主要キャストの続投に加え、新キャストにも期待が高まっている。
さらに、今作の注目ポイントは、演出家が3人というところ。2.5ジゲン!!では、前作に続き演出を担当する伊藤栄之進と、コエンマ役を続投するかたわらで、初演出に挑戦する荒木宏文にインタビューを実施した。
演出3人体制になった経緯とは
ーー本作は演出家が3人体制とのことですが、その経緯や背景について教えてください。
伊藤栄之進(以下、伊藤):僕、ここ1、2年くらい日本の演劇界から離れようと思っていたんですよね。だから、個人的には去年上演した舞台「幽☆遊☆白書」を最後の作品にしようと思っていた。そしたら、現場がめっちゃ楽しかったんですよ。
その中でコロナ禍になってしまって、自分のモチベーションが少し変わりました。やっぱりお客さんに演劇、特に「幽☆遊☆白書」のような楽しい作品はあった方がいいなと思ったんですよね。
それで、本当は僕以外の誰かに託したいなと思ったんですけど、それもなかなか見つからず悩んでいた時に、プロデューサーから「共同演出という形はどうだ」と言われて、それならできるかもと思いました。でも、共同演出っていうのは普通だなと思って、「3人体制はどうですか?」って僕から提案したんです。
荒木宏文(以下、荒木):ははっ(笑)。
伊藤:まず、加古臨王という男が思い浮かびました。もう1人は楽しかった前回の現場から1人…と考えた時に、特に何も考えず「あらやん(荒木)」って反射で言っちゃったんですよ。
ーー反射だったんですか(笑)。
伊藤:その時はね。でも、後々考えてみたときに、前作の稽古であらやんは俳優の目線だけじゃなくて、全体を見ていたことが印象的だったんですよ。俳優の目線だけど、俳優としてだけで語らないと言うか。僕は日本の演劇界との距離を置くかどうか迷っているんですけど、もしそうなった場合には、いいマインドやいい思考を持っている人に、演劇界を盛り上げてほしいと思っていて、あらやんだったら自分の持っているものを渡せそうって思ったんです。
ーー荒木さんは、伊藤さんから演出のお話を聞いた時に、二つ返事で受けたとのことですが、演出に初挑戦とのことで不安はなかったんでしょうか?
荒木:全然ないですね。たぶん、栄之進さんのマインドと自分自身が悩んでいる部分がリンクしていることも大きかったと思います。僕もコロナ禍になって、演劇界について悩むことが結構あったんですよ。
緊急事態宣言が解除されて演劇はリスタートしたけど、その形は変わってしまった。「このままでいいのかな」と悩む部分が多くて「演劇をこのまま続けていくのしんどいんだろうな」って思ったんですよ。
もっと言うと「制作の段階で意識しなきゃダメな部分も多いんだろうな」って。そんなタイミングで演出のオファーだったので、本能的に「自分自身が悩んでいることを解決するには、これは受けた方がいいな」って思ったんですよね。
ーーなるほど。
荒木:ただ、栄之進さんだからっていうのは大きいですよ。「こういう作品をやりたい」「この俳優さんのここが面白い」とプライベートで話す仲だったので。そういう話ができる相手と一緒に演出できるというのはストレスがないし、想像しやすかったんですよね。
ーー作り手目線はずっと持っていたんですね。
荒木:考えることはずっとやっていましたね。でも、実際にそれをクリエイトしたり、形にするとなったときに、誰とやりたいかと考えた対象者が栄之進さんだった。だから、そういう話をプライベートでもできていたんだと思います。
“芸術作品”をつくるというこだわり
ーーお話を聞いていて、お互いに信頼しあっているのを感じました。ところで、お二人の付き合いっていつ頃からでしょうか?
伊藤:そんなに古くないんだよね。
荒木:そうですね。
伊藤:ミュージカル『刀剣乱舞』〜三百年の子守唄〜の時ですかね。一方的に昔から知っていたけど。僕、あらやんの相方のずっきー(鈴木裕樹)が出演した2006年の舞台『ソフィストリー〜詭弁〜』で演出助手をしていたんですけど…、あらやん、見に来ていたよね?
荒木:見に行っていますね!
伊藤:そのときに、あらやんがずっきーに紹介されて挨拶に来た時に俺、いたのよ。
荒木:そこからか!(笑)
伊藤:でも、しっかり話すようになったのは4年くらい前かな。
ーー一緒にお仕事しての荒木さんにどんな印象を持ちましたか?
伊藤:一緒に舞台を作っていて、あらやんの在り方、作品に対しての関わり方が美しかったのを覚えています。芝居もね「なんでこの人はこんなに理解されづらいアプローチをしていくんだろう」って。
荒木:(笑)。
伊藤:間違ってはいないんですよ。そのプロセスを踏まないと、確かに到達できないところがあるんだけど、それを理解してくれる人は多分、1パーセントもいない。そういうことをやるんです。「文スト(文豪ストレイドッグス)」で一瞬だけセリフを言う、2秒くらいのシーンで、内側のエネルギーを燃やして、その人物の躍動をやってのけたんですよ。この人(荒木さん)は。
荒木:それ気づいたの栄之進さんくらいですよ(笑)。
伊藤:求められた通りに分かりやすく演じるのも大事だけど、本来役者に必要な部分をあらやんはきちんとやるんですよね。正直、費用対効果が悪い作業を、刀剣と文ストの2連続であらやんはやってきた。それを見て「この人は難儀な生き方をしてきたんだな」って思いましたね。
ーー荒木さんは伊藤さんに対して、どんな印象を持っていましたか?
荒木:脚本が面白い。あと、途中で降りる。
伊藤:ははははっ!
荒木:途中で演出家の名前が変わっているというのを、僕は現場で目の当たりにしてるんですね。その理由が、また面白い。栄之進さんが降りる理由って、ビジネス的思考を省いた、芸術的センスを強く持っているから。作品へのこだわりが強いからこそ、ビジネス的要求を受けられない、だから降りるんですよね。そういう部分が尊敬できるなって思います。
なぜなら、僕も芸術作品を作りたいから。作品を作るイコール芸術を造るの認識でいるから、両立させないといけないことは分かるけど、ブレたくないんですよね。そこの折り合いをつけながら、残っている中で、「残らなくてもいいから、これやりたい」というこだわりを強く持っている栄之進さんに出会えたのは、喜びでした。
ーーお話を聞いていて、お互いに舞台への向き合い方にシンパシーを感じていたのかなと思いました。
荒木:そうですね。尊敬しているからこそ、話しかけたくもなったんですよね。
伊藤:楽しいですよ、あらやんと舞台を作るのは。今だから言うけど、いろんな人から「荒木さんは難しい人ですよ」って聞いていたの。でもね、その難しさというのは、僕が他の人に与えている印象と同じ種類のものなんだなっていう風に思った。だから、何一つ難しくなかったんですよね。
ーーいわば“似たもの同士”なんですかね。
伊藤:僕はそう思ってます。
荒木:うん。演劇界に味方を手に入れた気分でしたね(笑)。
「楽をさせないから楽しい」稽古の様子
ーー稽古が始まるまでは、Zoomでの定例会をされていたそうですが、実際に稽古が始まって気付いた3人で演出することの強みや大変さがあれば教えてください。
伊藤:大変さはないんだけど。事前に決めといた方が良かったところは多いですね。
荒木:確かに。
伊藤:そういうところに、すぐ気付くのはあらやんなんですよ。ここを決めておいた方が、コロナ禍的に効率よく稽古できる、稽古時間も短縮できますって目線を持っているんですよね。自分の振る舞いをちょっと反省しましたね。
荒木:この状況の中で千秋楽まで持っていくために、やらなきゃだめなことって感染者を出さないことなんですね。それを考えると、今までの稽古のやり方じゃできないし、そこに対応している演出家じゃないとプレイヤーたちも不安だろうなというのを感じていたので,
いろいろ提案しました。
伊藤:演じる側の気持ちが分かるからこその目線だよね。
荒木:あとは「3人の演出プラン」を提示できるように、事前に打ち合わせていないとまずいですよねという話はしていました。プレイヤー側の視点から考えると、演出家が3人いるって「誰に話聞いたらいいのよ」って絶対になると思ったので。
それに、プレイヤーをしていると、共同演出の時に「誰に聞こうか」と迷ったら、脚本・演出に聞くのが早いってなりがち。でも、伊藤さんがいないときに2人の演出家で稽古場を回せないのもまずい。だから、信頼関係が築くためにも、2人が演出助手のように見られてしまわないようにも、事前に3人の方向性を固めることは意識しましたね。
ーー3人の演出をまとめるのって大変じゃないんですか? 対立になったりとか。
伊藤:対立にはならないよね。
荒木:ならないですね。
伊藤:逆にね、演出的プランを一番もっているのは加古臨王なんですよ。りーちゃんも、本来は感覚人間なはずだけど、僕ら2人がより感覚的だからさ。合議制と言うほど堅苦しいものでもなく、ぶわーっと決まっていくんですよ。
荒木:臨王さんが一番大変なんじゃないかなって思っちゃいます。僕は、前作はプレイヤーとして参加しているし、伊藤さんは脚本・演出。そんな中で今回、初めて参加する臨王さんは「しっかりしなきゃ」っていうプレッシャーとか、どういることが正解なのかと悩んでいると思います。
ーーお話を聞いていて、いいバランスで支え合っているのかなと感じました。
伊藤:そうですね。それは演出家3人だけのことじゃなくて、カンパニー全体がそうかもしれません。役者はもちろん、スタッフたちも。稽古場の建て込みをしているスタッフさんが楽しそうなことって、あるようでないんですよね。
荒木:ないっすね〜。
伊藤:とにかくこの状況下で楽しいものを作ろうという思いで、みんな稽古場に集まっているんですよね。かといってベタベタはしていなくて、本当にプロフェッショナル。でも、子供心や遊び心を忘れていない人たちが集まっているというね。もしかしたら我々3人が一番子供なんじゃないかな。
ーーすごいいい空気感なんですね。すでに通し稽古なども行われているようですが、今の段階での感触を教えてください。
伊藤:あ、もう前作を超えていますね。どう超えているのかは分からないんですけど。演劇としてとにかく面白いものになっています。
ーーコロナ禍における、やりづらさみたいなのはありますか?
荒木:うーん…おそらくみんな、いろいろ我慢していることがあると思うんですよ。でも、それを我慢できているのは、この現場が楽しいからなんだろうなと思いますね。
楽しいことを犠牲にしてまでも、この舞台を千秋楽までやりたいと思えるって大事。実際、本当にしつこいぐらい消毒に気をつけたり、換気をまめにしたりと対策しているので、負担は大きいと思うんです。袖中まで演出つけているくらい。
伊藤:あんまりないよね。袖の動線までばみりを貼って、ソーシャルディスタンスを保つようにしたりさ。たぶん役者さんも「ここまで?」って思ったとは思うんですけどね、公演を成立させたいから協力してもらっています。
荒木:それってね、他の現場でもないことだからストレスだと思うんですよ。でも、それができているのは、みんなが楽しんでできているし、(公演を)無くしたくないから。「千秋楽まで走りたい」という純粋な思いを前提でやっているから伝わるのかなと思います。
ーーお二人の話を聞いていると、カンパニー全体が楽しい現場だと感じているんだなと伝わってきます。楽しい現場づくりのために心掛けていることはありますか?
伊藤:自分の感覚で言うと、以前とある演出家の人に「伊藤さんって役者のことを信じているんだね」って言われたことがあるんです。僕にとっては当たり前の感覚だし、演劇というのは相手を信じてコミュニケーションをとるものだと思っているんですよね。だから、ポジティブなエネルギーがあるんじゃないかなと思います。皆がそういう信じ合っている感じ。
荒木:僕は、楽をさせない。
伊藤:ふふふふふ。
荒木:楽な時って余裕がある。余裕って油断だと思うんですよ。だから役者としての課題をそれぞれに与えることによって、真剣に向き合ってもらっています。そこに集中してもらえるし、役者としてさらに面白くなると思うんですよね。
むしろ、楽ができる時は楽しくないと思うんですよね。好きなことをやっている僕たちの職業は、それを実感するほど演劇の面白さを認識することが大事だと思うんです。それがプラスに働いているのかなと思います。ここの匙加減がすごく難しいんですけどね。
伊藤:我々は笑顔で(キャストに)とんでもないことを要求しているよね。
荒木:楽な人、いないですもんね。アンサンブルにも「食い付いていけよ」っていうようなほったらかし方をしているので、シビアですよ。
伊藤:でもこれ、ある一定の領域を超えている人じゃないと楽しめないだろうなとも思います。自分で前に出て、自分をさらけ出さない限り、メインキャストでもアンサンブルでも役を奪われてしまうことがありますから。
withコロナ時代、2.5次元作品に懸ける思い
ーー現在では、舞台をやることの意味がかなり変わってしまったのではないかと想像します。お二人は自粛期間を経て、演技や舞台へどのような思いを抱いていますか。
荒木:中途半端なものはできなくなりましたね。下手打てばできなくなるっていうのはありますね。
伊藤:はい、はい。
荒木:やるべきことは、感染者を出さないこと、クラスターを起こさせないこと、そして演劇をやり続けること。そして、劇場を潰さないようにすることだと思います。
今現在、2.5次元作品は今の演劇界を支える一翼を担っていると思うんですよ。なぜなら「どうしても見たい」って思ってくれるお客さんの層を持っているから。でも、クオリティを保たないと「見にいく価値がない」と思われてしまう。
2次元作品が好きだからこそ、生身の人間で見たいという熱量が生まれるし、みんなチケットを買って観に来てくれる、そのあとで2.5次元でも好きかどうかを決めるんです。その人たちを裏切ることは絶対に許されない。2.5次元作品のクオリティをどんどん上げて、演劇そのものの楽しさを感じてもらわなきゃダメだと思います。
伊藤:ほとんど思っていることは一緒で。だからこそ、5年、10年後の演劇界を見据えた上で、荒木くんに演出家としてデビューしてもらうことは重要なことだと思うんですよね。
2.5次元という括り自体は今後、きっとどうでもよくなってくるんですけど、僕らが作っているような作品が演劇界を回しているのは事実だと思うので、できる人を発掘もしたいし、埋もれている人たちをこちら側に呼び込みたいなと思っていますね。
個人的なマインドでいうと、日本の演劇がジャパンローカルではなくワールドワイドで戦えるようになるチャンスだと思います。
ーー最後にファンの方にメッセージをお願いします。
伊藤:期待を軽く超えていきます!
荒木:観に来られそうだったら、ぜひいらしてください。来られない方は生配信で。もちろん遠出をすることは勇気がいることだと思うので、そのストレスがなくなった時に、また劇場に来ていただけるように僕たちは演劇を作り続けます。無理なく配信で楽しんで待っていていただけたらなと思います。
* * *
舞台「幽☆遊☆白書」其の弐は、2020年12月5日(土)~12月15日(火)に東京・品川プリンスホテル ステラボール、12月18日(金)~20日(日)に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール、12月23日(水)~30日(水)に京都劇場で上演。
取材・文:於ありさ
撮影:ケイヒカル
配信情報
ファンキャス配信とニコ生配信の2種類のプラットフォームで行われる。
詳細:http://officeendless.com/sp/yuhaku/livestream
広告
広告