セットを排したまっさらな舞台から物語が立ち上がり、舞台が生き物だと感じさせてくれる作品を世に送り出してきたBSP(ブルーシャトルプロデュース)が、10年の歩みを経て上演するのはBSP「織田信長」。
誰もが知る天下の織田信長の生き様は、果たしてBSPの創造力によってどんな姿で浮き上がってくるのか。
2.5ジゲン!!ではゲネプロの様子を撮り下ろしの劇中ショットとともにレポートする。和気あいあいとした囲み会見では、稽古場や場当たりから緊張感ある作品に仕上がったとのコメントもあったが、始まりを告げる1音とともにその意味を客席は理解することになるだろう。BSPらしく苛烈(かれつ)でいて鋭利、そして観る者の感性に想像を委(ゆだ)ねる自由な織田信長の物語が幕を開けた。
最初に脳裏に浮かんだのは“集大成”という言葉だ。これまで時代のターニングポイントの渦中にいた歴史的人物や、その裏側で命を燃やしていった人々にスポットを当てた人間ドラマを上演してきたBSP。
その真髄はもちろん本作でも背骨として作品を支えているが、加えて細かな演出にまで“BSP味”が染み込んでいるのが印象的だった。今回はゲネプロの観劇となったが、本編を2度3度と観劇すれば、もっと多くの彼ら“らしさ”を感じることができるだろう。
物語は、織田信長の信念や背負うものの重さを感じさせる重厚感あふれるプロローグから始まる。“絶対主演”として真ん中に立つ織田信長役の松田岳を中心に、数分前までなにもなかった舞台の上には、不穏でいて濃い霧が立ち込めた。おなじみの役名と役者名を宣言する名乗りを経て、観客は群雄割拠の戦国時代へと誘(いざな)われていく。
▲主演を務める織田信長役の松田岳
織田信長をはじめ、豊臣秀吉に徳川家康、明智光秀と、歴史が苦手でも必ず知っているであろう抜群の知名度を誇る武将たちがメインに据えられた本作。メディア化されることも多い武将たちが、今を生きる熱い役者たちによって、地に足がついた人物として表現されていたのが印象的だ。教科書や歴史書の中で語られる姿とはまた一味違う、その瞬間を生きる1人の人間としての喜怒哀楽が、芝居だけではないダンスや殺陣や、ときにコミカルなやり取りによって色彩豊かに描かれていった。
▲愉快な宴のシーンも
圧巻という言葉で形容したくなるのは、主演を務める松田岳の織田信長だ。本作では織田信長の最期に至る物語が、歴史の転換点となった合戦や過去の出来事を織り交ぜながら紡がれていくのだが、その過程では魔王ではない織田信長の側面というものも表現されていく。
多くの判断を迫られる織田信長だがその瞳は、常に己の道を信じ抜く光を宿す。松田のカリスマ性と強さと色気をまとった織田信長の姿には、彼が後に魔王と呼ばれる男になるという説得力があった。
▲お茶目な姿もぜひ目に焼き付けたい
その家臣である豊臣秀吉役を田中尚輝、明智光秀役を鐘ヶ江洸が演じるというのも、憎いキャスティングだ。舞台上ではこの3人が一緒にいるシーンが多く、殺陣やダンスにおいても彼らが培ってきた絆が垣間見える。
▲豊臣秀吉(演:田中尚輝)と織田信長(演:松田岳)
▲風格漂う明智光秀を演じた鐘ヶ江洸
ライバル同士である秀吉と明智がいがみ合うシーンのかわいさも見どころだろうが、田中演じる秀吉の軽やかさ、鐘ヶ江演じる明智の深い優しさにもぜひ注目してもらいたい。
その軽やかさや優しさに、自身の熱い思いが重なったとき、彼らはどういった決断をくだすのか。史実として語られるものは存在するが、そこからは読み取れない生々しい葛藤が胸を抉(えぐ)るに違いない。
徳川家康役には活躍目覚ましい新正俊が名を連ねる。柔和な空気をまといながらも、その瞳は時折、不穏な色を放つ。腹の底を読ませない立ち回りで、作品に深みを与えた。
▲思慮深さを感じさせる新正俊の徳川家康
▲2人の芝居の応酬も見応え抜群
「本能寺の変」を語るうえで欠かせないのが、織田信長の小姓・森蘭丸だ。今回、森蘭丸を演じたのはBSP作品初参加となる植田慎一郎。微笑めば芍薬、踊れば牡丹、戦う姿は百合の花、といった雰囲気の森蘭丸ではあるのだが、同時に彼もまた並々ならぬ熱を持って刀を握る。その可憐さと強さとの絶妙な塩梅(あんばい)を、植田が好演。
▲森蘭丸役の植田慎一郎
▲蘭丸の視線の先には…
BSP作品らしく、本作も役者の“手”で1シーン1シーンの色付けがなされていく。場面転換、小道具、心情といったものを体温をもって積み上げていくさまは、演劇の原風景に近しいのかもしれない。そこにダンスや殺陣や歌を融合させていくことで、“今”のBSPにしか表現できない「織田信長」が生まれていく。
熱き信念を持って時代を駆け抜けた人間たちの物語は、エンタメ戦国時代な現代を、芝居という信念を持って駆け上がっていく役者陣の姿とも重なる。この10年間、加速し続けてきた彼らは、次の10年でどんなBSPの歴史を積み上げていくのだろうか。
10周年を経て次のフェーズに入るであろう彼らにとって、きっとこのBSP「織田信長」は大きな意味を持つ作品になるのではないだろうか。
まっさらなステージの上に描かれていく阿吽(あうん)の呼吸での芝居・殺陣・ダンス・歌は、観客の心にどんな感情を生み出すのか。こればかりは観ないと味わえないものなので、その答えを探しに、ぜひ劇場に足を運んでみてほしい。
BSP「織田信長」は2月24日(金)~27日(月)まで東京・渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホールにて、3月9日(木)~12日(日)まで大阪・ナレッジシアターにて上演される。
囲み会見レポート
ここからはゲネプロを前に実施された囲み会見の様子を紹介する。登壇したのは織田信長役の松田岳、豊臣秀吉役の田中尚輝、徳川家康役の新正俊、明智光秀役の鐘ヶ江洸、森蘭丸役の植田慎一郎ら5人。
本番へ向けての緊張感はありながらも、日頃の仲の良さを感じさせる和やかな会見となった。
――まずは初日を迎えての心境はいかがですか。
松田岳:ワクワクしています。皆さまがこの作品と対面する瞬間を早く味わいたいなという気持ちでいっぱいです、
田中尚輝:久しぶりにこんなに場当たりから緊張感を持ったまま初日を迎えるなと。いい意味で全員がちゃんとがっと引き締まっていて、研ぎすまされているような感覚です。
鐘ヶ江洸:緊張もありますが、しっかり楽しみながら、お客さまと向き合いながらやれたらいいなと思っております。開演した直後から、BSPらしさっていうのが存分に出ていると思うので、ぜひお客さまにも楽しんでいただけたら嬉しいなと思います。
新正俊:僕も楽しみながら、お客さんと一緒に「織田信長」という作品の世界を旅できたらいいなと思います。10周年を迎えたBSPのチームワークが発揮できていると思うので、ぜひそれも楽しみにしていただけたらなと思います。
植田慎一郎:今日まで本当にやれることはみんなでやってこれたので、あとは皆さまの想像力を引き出せたらなって思っています。
――BSPの仲の良さが感じられるエピソードや、稽古場で印象的だったことがあれば教えてください。
鐘ヶ江:岳が楽屋でうるさい。
松田:うるさいですか…すみません。
鐘ヶ江:(笑)。本当ににぎやかで、現場が明るくなるなと思っています。
田中:仲の良さとはちょっと違うかもしれないですが、上手と下手の袖の遠い距離にいるとするじゃないですか。その距離でも、もう目を見れば、「今このカウントで進みたいんだな」とか。アイコンタクトだけで、なんとなく向こうの思考が読み取れるみたいなことは感じますね。その意思疎通の速さみたいなものは、普段からの仲の良さだったり、10年築き上げてきたものだったりから生まれていて。
お客さまには実際は見えないかもしれないけど、一緒にステージを上ってきたんだなって、改めて感慨深くなるというか。本当に信頼に足るメンバーだな、という風に思います。
松田:100点じゃん。
鐘ヶ江:えー、さっきの松田岳のエピソードはなかったことにしてください(笑)。
植田:本当にもう皆さんその通りなんですよ。僕は今回BSP初参加なんですが、本当に皆さんの意思疎通とかが速すぎて…初心者に優しくないです。
一同:(笑)
田中:慎ちゃん(植田)は困ったら大体俺の横に来て「尚輝…もうわからないよ」ってかわいらしく言うので、「大丈夫よ、ゆっくりでいいよ」っていうやりとりよくやっています(笑)。
新:つい昨日の場当たりのできごとなんですが、蘭丸は僕たちと別行動のことが多くて、1人でいることが多いんですよ。それで、僕が椅子にケータイを置いておいたら、勝手に僕のケータイで動画を撮っていたんです。なぜか彼には僕「ツム」って呼ばれているんですが、「ツム、俺頑張るよ。ツム~ツム~」っていう顔も見えない真っ暗な動画が保存されていて(笑)。すごくかわいいなって思いました。
田中:BSPの仲の良さの話してるのに昨日の話って(笑)。
新:でも植田くんももうBSPの一員ですからね。
鐘ヶ江:植田くんは(BSPに慣れるの)早かったですね。
新:そうですね。
植田:そう言ってもらえてありがたいです。
松田:今回は10年を意識した演出といいますか、ちょっとワンポイント的なスパイスとして、歴史を感じさせる要素があるんですね。この10年を懐かしむ瞬間が結構あって。この10年にプラスして、観終わったときに新しいBSPだなと感じてもらえることを目指した部分があります。
同窓会的な雰囲気もありつつ、次世代のBSPにふさわしい作品になるなというのを稽古場の段階から感じましたね。
――最後に、皆さんのおすすめシーンを教えてください。
松田:BSPでは自分で役と名前を言う名乗りをやるんですが、あれが僕はすごく好きですね。戦国時代の合戦でも名乗りをあげていたことを考えると、そこに武士道や神聖な気持ちが入っていたと思うんです。そういう歴史を大事にする気持ちがこの名乗りに含まれているんじゃないかなと。僕たちも舞台上で、自分の覚悟を宣言するような気持ちで名乗っているので、そこは1つの見どころだと感じています。
田中:名乗りももちろんだし、殺陣ダンスも全部なんですが、玄人的な見どころでいうと、アンサンブル的な動きですかね。全員での絵作りみたいな部分が、すごく統率が取れていて、そのおかげでより芝居にぐっと集中できるという気がしています。舞台上にはいない見えない人たち含めてのチームプレイをぜひ体感していただきたいです。
鐘ヶ江:10年間で培ってきた独自の表現がすごい散りばめられているので、過去作品を知っている方は「おっ」と思う部分もあると思うのですが、そういうBSPだけの表現っていうのは見どころだと思います。
新:エンディングの歌ですね。10年間一緒にやってきた新良エツ子さんが歌っていて、和田俊輔さんが曲を作ってくれて。10年間ずっと担当していただいているので、チームとして生まれた楽曲という意味でも見どころだと思います。
植田:素舞台(舞台装置が一切置かれていない舞台)というのが僕としてはすごく新鮮ですね。開演前の誰も何もない状態から、エンディングを迎えたときにそこに何が残っているのか。僕はその最初と最後をすごく美しいなと思いました。これがBSPかと。そして、そこに至るまでの物語も最初から最後まで楽しんでもらいたいです。
取材・文・撮影:双海しお
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