舞台『ももがたり』が2月23日(水)、東京・シアターグリーンBIG TREE THEATERで開幕した。2.5ジゲン!!では、初日に先駆けて行われたゲネプロの様子をレポートする。
本作は2017年に上演された@emotion(アットエモーション)の人気作『ももがたり』の再演。誰もが知る童話「桃太郎」を鬼目線から描いた物語だ。切ない恋模様あり、殺陣あり、歌にラップもありと、初演時よりもパワーアップしている。
一つの終わりが始まりになる、新しい「桃太郎」の物語
「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいましたーー」
物語は、誰もが一度は聞いたことのあるナレーションから始まる。しかし幕が開けた瞬間、観客の目に飛び込んでくるのは鬼と桃太郎(演:門野翔)たちの激しい殺陣だ。冒頭から、「これは私たちが知っている桃太郎ではない」と、一気に物語に引き込まれるだろう。
『ももがたり』の世界でも、鬼と桃太郎たちは敵対関係にある。しかし、桃太郎が鬼を倒してめでたしめでたし…とはならない。桃太郎が鬼の王を倒すたび、世界が何度も繰り返されるようになっているのだ。桃太郎だけが全ての記憶を失って。
何百回、何千回と繰り返されてきた世界は、小さな違和感を残しながらも当たり前のように進んでいく。今回も今までと同じように世界が繰り返されていくかと思われたが、少しずつ綻び始める。
その始まりとなるのが、次期鬼の王になるはずだった主人公の温羅(演:秋葉友佑)だ。温羅は川の精である羽衣(演:橘ひと美)に恋をするが、羽衣は自身の家族や仲間を鬼に殺されたと思い込んでおり、温羅を嫌っている。
「鬼のままでは、彼女に伝えたい気持ちも伝えられない」。そう考えた温羅は、羽衣に思いを伝えるために桃の精(演:斉藤有希)に自分を人間にしてほしいと頼む。しかし同時に、桃太郎に恋をしている羽衣も人間になりたいと願うのだった。
二人は晴れて人間として次の“生(しょう)”を生き始めるが、その代償は大きかった。思い人と気持ちが通じれば、元の化け物の姿に戻ってしまうのだという。
好きな相手に気持ちを伝えるために人間になったのに、気持ちが通じ合えば人間ではいられない。そんなもどかしさが、切ない恋模様を加速させていく。
物語は温羅と羽衣の恋物語が主軸となっているが、同時に展開される数々の人間模様にも注目したい。
友を助けようと奮闘する者、欲に溺れ身を滅ぼす者、恋に生きて命を失う者。いくつもの感情がぶつかり合う中で、それぞれの信念はどれも眩しく輝いている。どこを拾い上げても面白いと思える関係性も、『ももがたり』の魅力の一つだ。
物語を彩る、魅力的な登場人物たち
そうした複雑な人間模様が全て埋もれることなく輝くのは、脚本の巧みさはもちろん、役者一人一人の技量の高さにもあるだろう。
初演に続き今回も主演を務める秋葉の安定感は抜群。一般的に鬼といえば「怖い」というイメージがあるが、温羅はそれとはまるで正反対の性格をしている。たとえ羽衣に冷たく突き放されようと一途に思い続ける姿はどこまでも真っ直ぐで、思わず応援したくなる。観客に愛される鬼は、秋葉が演じるからこそ生まれた主人公だ。
温羅をはじめ、鬼側の登場人物は揃って“人間らしさ”を感じた。温羅の父親である現鬼の王・天鬼(演:森大)は大きな武器を手に戦う圧倒的な存在であると同時に、子を思う優しい姿が目立つ。
温羅の幼馴染組の鎺鬼(演:土屋シオン)、風鬼(演:星璃)、月鬼(演:増本祥子)たちが互いに信頼し合い助け合う様子にも涙腺が刺激されるだろう。
本作は最初から最後までセットが変わることはないが、照明や音楽での演出が巧みだ。彼ら幼馴染たちの回想シーンも、それらの演出と共に楽しんでほしい。
橘が演じるヒロインの羽衣は一見可憐な少女だが、思いを貫く強さも持ち合わせている。小さな体とは正反対の存在感で、観客の心を掴んでいた。
もう一人の主人公ともいえる桃太郎は、@emotionの主宰でもある門野が熱演。繰り返される宿命の中で生まれる桃太郎の戸惑いや歪みを繊細に表現し、全ての気持ちを乗せた終盤の殺陣は圧巻。そして筆者の一押しは、そんな桃太郎に寄り添う美女、高野美幸が演じる椿だ。
過酷な運命を背負った英雄・桃太郎と、彼の記憶にたった一人残り続ける椿の迎える最後は、ぜひ会場で見届けてほしい。椿と同じ女郎屋で働く朧(演:安達優菜)、霞(演:波崎彩音)も、強くひたむきな信念を持って、その生を駆け抜ける。
桃太郎の家来たち、犬丸(演:竹内尚文)、猿吉(吉野哲平)・雉女(遠藤しずか)の3人はテンポの良い会話と鮮やかな殺陣で会場を魅了していた。派手で現代風に見える衣装は不思議と世界観にマッチしていて、この3人が舞台上にいるだけでも楽しい。雉女役の遠藤と鎺鬼役の土屋シオンは今作が@emotionのメンバーとなって初の出演であったが、眩しい存在感で舞台を引っ張っていた。
温羅と羽衣に呪いをかける桃の精は、斎藤有希が好演。その異質な空気感で『ももがたり』の世界にはびこる呪いと理に深みを持たせていた。
他にも野心を燃やす紅鬼(演:名倉周)やその妻・涼鬼(七海とろろ)と、魅力的なキャストが多い。アンサンブルの存在も欠かせない。圧巻の殺陣は彼らの存在なくしては語れず、桃太郎一派と鬼の戦いを激しく彩っていた。
全員が魅力的過ぎるが故に、観劇中はどのシーンも目が足りないと感じてしまう。鬼と桃太郎、どちらの目線に立って物語に入り込むかで受け取り方も変わるため、何度でも繰り返し観劇したくなる作品だ。
今作は休憩なし、カーテンコールまで含めて135分。観劇後、筆者の正直な感想は「もう終わってしまうの?」だった。2時間以上という時間の経過を感じさせない程、疾走感に溢れた作品だったのだ。
数多の感情が重なり合い、運命に抗おうとする『ももがたり』。新たなメンバーを迎えた新生「@emotion」の始まりともなるこの作品を、劇場での観劇はもちろん、配信でもぜひ楽しんでほしい。
取材・文:水川ひかる/撮影:山下雄基
秋葉友佑 コメント
ご来場、ご視聴いただきました皆さまに良い刺激を与えられるような作品を座組一同で作り上げてきました。当たり前を考えさせられるこのご時世で、生物の舞台を、座組みの熱を感じていただけたら幸いです。そして、僕が再演を希望してから、行動に移してくださった門野さん、アットエモーションの皆さま、本当にありがとうございます。是非、楽しんでください。
橘ひと美 コメント
大変な状況の中で心が疲れたり卑屈になったりする瞬間があると思いますが、少しでも観てくださる皆さんが元気になれる作品を届けられたらいいなと思います。
星璃 コメント
誰もが知ってる童話の運命や使命と戦う鬼たちの話。色んなことが上手くいかなかったり、果たせなかったりする今だからこそ伝えなければいけないことが沢山ある。それを感じさせてくれて、その一歩を強く踏み出させてくれる作品です! 作品を受けってくださる皆さまと届けさせてくれる現場作りに努めてくださった皆さまに感謝して、皆さまに最高のエンタメを届けます!
森大 コメント
殺陣、ダンス、芝居。熱いエンターテインメントをお届けします。こんな時代だからこそエンターテイメントは必要だと信じて。この作品を見た方が少しでも元気に前向きになっていただけたなら幸せです。
門野翔 コメント
不要不急の娯楽、エンターテイメント。そんなものにさせないために団体として「日常に、刺激を。」テーマにここまでやって参りました。皆様の日々が少しでも晴れますように、晴れてる方は何かに気づけるそんな作品になっていればと思います。どっぷり浸かってください。そして、日々感染症と戦ってくださっている医療従事者の方に改めて最大の敬意を。
土屋シオン コメント
何かを諦めながら生きることが癖になっていないか。そんなことを毎日確かめながら過ごす1カ月でした。呑み込めないこと、胃もたれすること沢山です。情報過多で高カロリーな世の中ですが、それでも諦めたくないことが沢山です。世界を変えるだなんて大それたことは言えませんが、観てくださった方の世界の一部があたたかくなったらなと思います。楽しんでいただけたらなと思います。是非!
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