前回の公演中止から1年半の時間を経て、7月15日(木)に初日を迎えた舞台『盾の勇者の成り上がり』。不屈の精神で再び初日の幕が上がるこの日を目指したカンパニーのように、どん底から這い上がる一人の勇者の物語が動き始めた。
本記事では初日の前に実施されたゲネプロの様子をレポート。本作の見どころを劇中ショットとともに紹介する。
絶望とともに始まる盾の勇者の旅
アニメも大きな話題となった『盾の勇者の成り上がり』は、異世界召喚により勇者として物語の主人公となるはずだった男・岩谷尚文(演:宇野結也)の壮絶な勇者人生を描く物語だ。
舞台はメルロマルク国。“波”と呼ばれる災厄から世界を救うため、剣・槍・弓・盾の4人の勇者(四聖勇者)が召喚される。尚文は4つの武器のうち、盾の勇者に選ばれるのだが、なぜかこの国では盾の勇者のみがどこか歓迎されていない。
国王も国民も盾の勇者を冷遇し、さらには仕組まれた冤罪によって彼の信頼も地の底まで落ちてしまう。全てを信じることができなくなった尚文だが、それでも彼は元の世界に戻ることもできず、この世界で盾の勇者として生きていかねばならない。
盾以外の武器を装備することもできない彼にとって、圧倒的に足りないのは攻撃力。それを補うため、彼は決して自分を裏切ることがない奴隷の少女を使役することに。こうして、およそ勇者の旅とは思えない、苦しい旅が始まるのだが――。
▲召喚直後の四聖勇者
物語は孤独となり何も信じられなくなった尚文が、召喚時を回想する形で始まる。勇者のステータスや世界観の設定が複雑な作品だが、原作を知らない人でも、この回想で描かれる過不足ない説明で彼らの境遇をすんなり理解できるだろう。
原作で発生するイベントをきちんと順を負って親切に描いていたのが印象的だ。もちろん全てが描かれているわけではないのだが、しっかりポイントが抑えられている感覚が心地いい。原作ファンはぜひ、次にどのシーンが登場するのか予想しながら楽しんでみてほしい。
同時にファンタジーな世界観を表現する、舞台ならではの演出も見逃せない。作中では2人のヒロイン・ラフタリア(演:礒部花凜/幼少期は鎌田英怜奈)とフィーロ(演:関根優那)がそれぞれ2つの姿で登場するのだが、どちらの姿もとてもかわいらしい。特にこの2人は作品の“モフモフ担当”でもある。他の作品ではなかなか味わえないモフモフ感を、存分に堪能してもらえたらと思う。
理不尽さの中に芽生える希望と勇気の物語
勇者といえば本来、日の当たる場所で主人公らしい設定を与えられて輝く“光”の存在である。しかし本作の主人公である尚文は、序盤からどん底へと突き落とされ、まるで“影”の存在のような扱いを受ける。
さらに残りの3人の勇者も、それぞれの思い上がりや行き過ぎた信念によって、いわゆる正義とはいえない存在である。勇者と呼ばれる者が4人もいながら、一般的に人々が思い浮かべるような“THE・勇者”が登場しない。それが本作の面白さであり、人々を惹き付ける理由だろう。
キャラクターが舞台上で体温を持つ存在になったことで、人間の非道さや世間の冷酷さというものが、より一層リアルに感じられた。そこに描かれる理不尽さは、なにもお話の中だけのものではないのだ。
尚文ほどのどん底に突き落とされることはなくとも、誰しもが山もあれば谷もある人生を生きている。だからこそ、尚文の這い上がり精神に背中を押され、勇気をもらえるのではないだろうか。
繰り返される日常には、自分の力ではどうにもならないことがいくつも転がっている。その状況に慣れてしまえば、抗わずに生きることが新たな日常となる。そんな人にこそ、この舞台『盾の勇者の成り上がり』 は胸にグサリと刺さるはずだ。何度でも這い上がり続ける者の強さを、尚文の背中から受け取ってほしい。
各キャラ見どころレポート
上述したように作品にのめり込めるのも、尚文演じる宇野の熱演が見事だからだ。尚文はもともと平凡なオタク気質の大学生で、本来の性格は意外にも明るい。回想シーンで登場する召喚直後の明るい尚文と、絶望後の尚文。この芝居の変化は必見だ。
さらに尚文は新たな出会いを繰り返すうちに、ほんの少しだけ変わっていく。根っこには人を信じられないという闇を抱えつつ、その合間に一筋の光が差し込むような柔らかな表情を見せるのだが、その変化を見逃さないでほしい。
尚文にとっての剣として戦うのが、ラフタリアとフィーロの2人のヒロインだ。彼女たちはモフモフ担当であり、戦闘担当でもある。劇中でも戦闘シーンが多く、特にラフタリアは誰よりも剣を振っているのではないだろうか。天使のようにかわいく、かつ強い。そのギャップに心を奪われてみてはどうだろうか。
▲ラフタリア(演:礒部花凜)
▲幼少期のラフタリア(演:鎌田英怜奈)
▲フィーロ(演:関根優那)、成長したフィーロのあの姿がどう表現されるのかにも注目を
同じ女性キャラでも全く方向性の違うインパクトを放っていたのが、ブリドカットセーラ恵美演じるマインだ。アニメでも同役を演じている彼女が放つ、あの狡猾で意地の悪いマインのイジワルな声色を生で味わえるのは本作の醍醐味だ。
▲マイン役のブリドカットセーラ恵美
剣の勇者・天木錬(演:谷水力)、弓の勇者・川澄樹(演:深澤大河)、槍の勇者・北村元康(演:安里勇哉)の盾を除く勇者陣も好演。ソロプレイが目立ちプライドの高い錬、自分の正義に酔っている樹、女好きで猪突猛進な元康、それぞれのよくない部分がじわりと浮かび上がるような、いい意味で気持ちの悪い芝居をみせてくれた。
一方でアドリブらしきシーンでは、彼らもまた召喚されただけの一般人であることを感じさせるコミカルなやりとりも。彼らの安定感が作品の完成度を一段押し上げていたことは間違いないだろう。
▲剣の勇者・天木錬(演:谷水力)
▲弓の勇者・川澄樹(演:深澤大河)
▲槍の勇者・北村元康(演:安里勇哉)
▲嵐のような存在感のエイク(演:山中健太)
▲硬派で渋い副騎士団長サーブル(演:田中尚輝)
尚文と関わることになる騎士団の騎士・エイク(演:山中健太)、アニメに登場した副騎士団長サーブル(演:田中尚輝)は、重い空気漂う本作の癒やしキャラになっていたのが印象的だ。コミックリリーフ的な立ち回りも多く、観客にとってホッとできる存在に。ゲネプロでは前説から活躍していたので、彼らのファンは早めに着席しておくことをおすすめする。
勇者・尚文の長い旅路の始まりの一歩が描かれた舞台『盾の勇者の成り上がり』 。上演中止にも負けず再び立ち上がった尚文一行の旅を、まだまだこれからも観ていたい。そんな気持ちにさせてくれる作品に仕上がっていた。
ラフタリアとフィーロという仲間を得た尚文が、痛快な成り上がり劇を繰り広げていくことになるのは、原作ではもう少し後の話となる。この舞台版でもその姿が描かれることを期待してやまない。
取材・文・撮影:双海しお
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