2008年の初演以降、長年ファンに愛され続けている舞台「遙かなる時空の中で」シリーズ。
2020年に予定されていた『再縁』は残念ながら上演が叶わなかったが、その『再縁』の想いも詰め込まれた最新作舞台『遙かなる時空の中で3 十六夜記』が1月22日に初日を迎えた。
初日に先立ち実施されたゲネプロの様子を舞台写真と共にレポート。ストーリーの核心に触れるネタバレは避けながら、各キャラレポートも含めて紹介する。
ついに舞台化! ステージの端々から感じる原作愛
原作ゲームは、プレーヤーや周りの運命を導いていく「運命上書きシステム」がファンから絶大な支持を得ている作品。2018年に『遙かなる時空の中で3』の舞台化が実現したことで、この『十六夜記』の舞台化を心待ちにしていたファンも多いだろう。
白龍の神子に選ばれ、源平争乱の最中にある異世界に飛ばされた女子高生・春日望美(演:吉川友)。彼女が八葉と共に、平知盛(演:中村誠治郎)を相手取って源平戦で刀を振るうところから物語は始まる。
望美の身に降りかかる困難や試練は、“運命”という言葉で片付けるのには、あまりにも過酷で無慈悲なものばかりだ。秘密裏に巡らされた策略、信じていた者の裏切りによって、望美たちの運命は大きく動き始める。
源平戦を終え、追われる身となった一行は奥州平泉へと向かう。望美たちを待っていたのは、藤原泰衡(演:和合真一)と、彼に忠誠を誓う銀(演:中村誠治郎)だ。この二人が登場すると、いよいよ『十六夜記』の色合いが濃くなってくる。
既に原作ゲームをプレイしたファンなら、この先に待つ展開を予想して胸が引きちぎられる想いになるかもしれない。一方で原作未プレイなら、この二人が望美にとって一体どんな存在になるのか、先の読めない展開にドキドキすることだろう。
奥州平泉に身を寄せた望美たちだが、北条政子(演:幸田彩加)が差し向けた兵はすぐそばまで迫っていて――。
原作の壮大なストーリーがシリーズ過去作同様に見事にまとまっていたのが印象的だ。各エッセンスの取捨選択が秀逸で、これぞ舞台「遙か」シリーズといったところだろうか。キャラクターそれぞれにあるドラマ全てを詰め込むことはもちろんできないが、彼らの魅力は損なわれずに描かれていた。
常に気が抜けない緊迫した状況だからこそ浮かび上がる、それぞれの人間性。セリフや殺陣の量に違いはあれど、キャスト陣は一瞬の芝居でその人間性を届けてくれる。初演から出演している中村誠治郎を中心に、原作愛に溢れるカンパニーであることがステージ上から伝わってきた。
中村誠治郎が魅せる一人二役、全キャラレポート
ここからは各キャラクターにスポットを当てていこう。
自ら刀を振るい戦う神子は今作でも健在。彼女は仲間や大切なものを守るために、敵だけでなく悲劇すらも自ら刀身となって斬り拓いていこうとする。
1幕では、思わず目を背けてしまいたくなるほどの悲劇の連鎖が待ち受けているが、望美は強く立ち上がる。その姿にときに共感し、勇気をもらい、気づけば強く拳を握っていた。
シリーズに脈々と受け継がれているダイナミックな殺陣は、本作でも見どころの一つと言えるだろう。どのキャラクターも見応えがある殺陣が繰り広げられるが、中でも吉川演じる望美の殺陣は必見だ。
▲平知盛(演:中村誠治郎)に刃を向ける望美(演:吉川友)
冒頭から終盤まで、ほとんどのシーンに出ながらも衰えることのない吉川の殺陣は、前作よりもさらに磨きがかかっているように感じた。俊敏な身のこなしと風のように軽やかな太刀筋は、この日までに積み重ねてきた研鑽の賜物なのだろう。男性陣にも一切見劣りのしない動きは、そのまま本作の芯になっていた。
その身に起こる運命の中で、彼女の殺陣も変化していく。望美の心を鏡のように映し出す、雄弁な殺陣に注目してもらいたい。
▲兄の有川将臣(演:伊勢大貴)
▲弟の有川譲(演:千綿勇平)
有川将臣(演:伊勢大貴)と有川譲(演:千綿勇平)は、望美と同じく異世界に飛ばされた兄弟だ。将臣を演じる伊勢は本作からの新キャスト。持ち前の豪快さを活かした役作りで、強さとおおらかさを表現していた。譲役の千綿は続投キャストならではの安定感を披露。今作でも彼の「先輩」呼びにキュンとするファンが続出するだろう。
▲左から梶原朔(演:野本ほたる)、ヒノエ(演:杉江大志)
他にヒノエ(演:杉江大志)と梶原朔(演:野本ほたる)が続投キャストとなる。源氏にも平家にも血縁がいるヒノエ。彼は戦をどこか俯瞰的に眺めているところがあり、ひょうひょうとしている。陽気に振る舞いながらも、一瞬で瞳に得も言われぬ冷静さをまとわせる巧さを見せてくれた。
▲スタイルの良さが際立つ衣装も必見のヒノエ
梶原景時の妹で黒龍の神子・朔は、つらい立場に置かれる人物の一人。神子らしい強さと真っ直ぐさに惹かれる人物で、舞いのような殺陣の美しさに目が奪われるだろう。
▲望美にとって姉のような存在の朔
源九郎義経役の鐘ヶ江洸、梶原景時役の君沢ユウキ、平敦盛役の古賀瑠、白龍役の小谷嘉一は、前述した『再縁』にて新キャストとして出演を予定していたが中止に。今作でようやくお披露目となった。
▲左から源九郎義経と梶原景時、二人が対峙する理由とは?
本作で望美と共に大きく運命を狂わされることになるのが、源九郎義経と梶原景時だ。お互いに譲れぬ信念を胸に、刀を交える場面も…。いくつも守りたいものがあるとき、その中で何を“一番守りたいもの”とするのか。二人が浮かべる苦悶の表情は、その選択の難しさを物語っていた。
▲源九郎義経(演:鐘ヶ江洸)
殺陣に定評のある鐘ヶ江が演じるとあって、九郎のシーンは見応えがある。あえて言葉にはしていない彼の本音が、殺陣から透けて見えるようだ。
景時は今作でキーパーソンの一人となる。守りたいものを選び、それを貫こうとする強さを持つ一方で、とあるジレンマを抱え、ときに脆さを見せる。途切れぬ熱量の中、感情の強弱や色合いが生々しいのだ。君沢のベテランらしい芝居が光る役といえるだろう。
▲梶原景時(演:君沢ユウキ)
▲十五夜を見上げ語らう梶原景時と望美
白龍という人ならざるものを演じる小谷も、キャリアを感じさせる絶妙な役作りが光っていた。一方で、平敦盛役の古賀はカンパニー最年少だということを感じさせない、大人顔負けの芝居で観客を魅了。子役時代から積み重ねられた経験値を感じることができた。
▲白龍(演:小谷嘉一)
▲平敦盛(演:古賀瑠)
本作からの新キャストとなった八葉は、武蔵坊弁慶(演:大原海輝)とリズヴァーン(演:新田健太)。どちらも一歩引いたところから大局を見守っているような雰囲気があるが、望美を見る際の瞳はとても優しい。布の下から溢れ出る感情に注目してほしいキャラクターだ。
▲武蔵坊弁慶(演:大原海輝)
▲リズヴァーン(演:新田健太)
最後に紹介するのは、本作初登場となる北条政子(演:幸田彩加)と『十六夜記』登場キャラクターの藤原泰衡、銀だ。源頼朝の妻・北条政子の存在感が大きければ大きいほど、本作の世界観がより際立っていく。クライマックスに深く関わってくる幸田の怪演は必見だ。
▲源頼朝の妻・北条政子(演:幸田彩加)、その真意は……
そして、『十六夜記』ならではの登場人物である藤原泰衡と銀は、本作の中心人物。和合が演じる藤原泰衡は、切れ者で慇懃無礼な態度の人物。腹に何かを抱えた底の見えない不気味さが印象に残っている。同時に頭領としてのカリスマ性が感じられるオーラを放っており、目を離せなくなる魅力があった。
▲藤原泰衡(演:和合真一)
そんな藤原泰衡に付き従うのが、銀という物腰柔らかな紳士的な人物だ。演じる中村誠治郎は、平知盛役も演じている。平知盛は前作にも登場したので、その好戦的で気怠げな雰囲気が記憶に残っているファンも多いだろう。
中村の鬼気迫る殺陣と相まってひときわ猛々しいオーラを放っていたあの平知盛と銀は、本当に同一人物が演じているのだろうか。一人二役をこなす中村の芝居を目の当たりにして、役者のすごさや面白さを痛感した。
▲気怠さ漂う平時の平知盛(演:中村誠治郎)
▲苦悶の表情を浮かべる銀(演:中村誠治郎)
以前行った取材で、『十六夜記』は“伝説”のような作品だと語っていた中村が演じる銀は、「遙か」シリーズのファンにはぜひ観てもらいたい。観ないともったいないと力説してしまいたくなるほど、原作での銀の魅力、そして中村の力が注ぎ込まれた役に仕上がっていた。
“伝説”が現実へ、芝居が灯す決意の火
舞台『遙かなる時空の中で3 十六夜記』は、“戦う覚悟”に満ちている作品だ。“戦う”といっても、戦う目的や戦い方は人それぞれだ。ときに、自分の力だけではどうにもできないことも待っている。
それでも、望美は決して心を折らない。壮大な運命を巡るストーリーは、観る者の心に“決意”を灯してくれるだろう。
ファン待望のシリーズ最新作舞台『遙かなる時空の中で3 十六夜記』は、1月31日(日)まで東京・サンシャイン劇場で上演。閉塞感漂うこの時代だからこそ、望美と共に時空を超えてみてはどうだろうか。
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