観劇が趣味になったのは大人になってからだった。もしも、学生時代に演劇というものに出会っていたら、作る側に興味が湧いていたかもしれない。実際、今でも多少興味はある。
けれど演劇とはまったく関係のない仕事を得て、趣味として観劇を楽しむ私にとっては、舞台のステージはあまりに遠い、雲の上のような存在だ。
MANKAI STAGE 『A3!』は観客から見たら遠い舞台の上で、当たり前に泣いたり笑ったりしながら演劇に取り組む人たちの物語である。
舞台上の彼らは観客席に向かってこう呼びかけ、私たちを物語の世界に引き込む。
「カントク!」
もくじ
劇団を舞台にしたMANKAI STAGE 『A3!』
MANKAI STAGE 『A3!』 は2017年1月にリリースされたアプリゲーム『A3!』の舞台化作品。
イケメン役者育成ゲームと銘打たれた本作では、プレイヤーは潰れかけの弱小劇団「MANKAIカンパニー」の総監督として個性豊かな劇団員とともに、劇団の再建を目指すストーリーとなっている。
MANKAIカンパニーは春・夏・秋・冬の4組に分かれて公演を行っているという設定だ。舞台化にあたっても2018年に春・夏組のストーリーを、2019年1月~3月に秋・冬組のストーリーを上演した。
2019年もすでに春組・夏組メインの2公演が予定されている。この記事では2019年1月~3月にかけて上演された『AUTUMN&WINTER 2019』公演について取り上げる。
カントクとして、観客として
前提として、MANKAI STAGE 『A3!』を見る私たちは2つの役割が与えられている。
ステージの上にいる彼らと共に舞台を作り上げるカントクとしての役割と、「MANKAIカンパニー」の舞台を見に来た観客としての役割だ。その2つを交互に行き来しながら、ある時は舞台を作る側の人間として、またある時は舞台を見に来た観客として、演劇の楽しさを感じている。
演劇が好きという意味では舞台のステージと観客席の間に壁はない。MANKAI STAGE 『A3!』はそんなメッセージを届けてくれる作品なのだ。
舞台の上で生きていく覚悟
MANKAI STAGE 『A3!』の登場人物は、ほとんどが役者である。彼らは様々な経緯でMANAKAIカンパニーに所属し、役者としての道を歩き出す。ずっと憧れていた者、一度は諦めた者、演劇に興味がなかった者。
この作品ならではの面白さに、「役者が役者を演じる」という構図がある。役者は様々な人間に、時には人間ではない動物や物にすらなれる。そんな彼らが今回演じるのは、彼らに最も近い役者という人間だ。
秋組が中心となる一幕では、登場人物たちのテンポ良い会話劇と「ポートレイト」として語られる独白とが交差しながら物語が進む。「ポートレイト」は秋組のメンバーに言い渡された課題で、「自分の人生最大の後悔」をテーマとした1人芝居を演じるものだ。
「ポートレイト」の中では、様々な事情を抱えて集まってきた秋組メンバーの本心が明らかになり、この1幕の大きな見せ場と言ってもいいだろう。
「ポートレイト」で語られる彼らの後悔は演劇や舞台に繋がっている。たとえば、兵頭十座(中村太郎)というメンバーにとって人生最大の後悔は、ずっとやりたかった演劇の世界に足を踏み出せなかったことである。彼はその後悔を抱えながら、演劇に繋がる最後の望みを抱いてMANKAIカンパニーの門を叩いた。
十座に限らず、秋組のメンバーたちは何か大きな後悔を抱えながら、最終的にそれを乗り越えるためにMANKAIカンパニーで舞台に立つことを選ぶ。
私たちは何か大きな後悔を抱えたとき、目を反らすにしろ、乗り越えるにしろ、何か行動することで立ち向かうように思う。彼らにとってその何かが演劇なのだ。
舞台化作品としてのMANKAI STAGE 『A3!』では、役者が役者を演じることで、彼らの演劇に対する覚悟はより生々しく、はっきりと伝わってくる。
役者である登場人物たちが演じるということは、同時に実際の役者たちが登場人物を演じるということだ。2重になって語られてくる芝居をすることへの強い想いには、演劇が好きならば必ず心動かされるに違いない。
原作より進化した劇中劇の魅力
2.5次元舞台にとって原作の再現度は注目するポイントの1つだ。MANKAI STAGE 『A3!』では作中で登場人物たちが演じる劇中劇がどう表現されるかを楽しみにしていたファンも多い。
秋組はマフィアの世界を舞台にしたアクションものを、冬組は天使と人間の恋を題材にした悲劇を上演する。今作を見て、私は「天使を憐れむ歌。」が原作をプレイしていた時以上に好きになった。
原作のゲーム中ではこの劇中劇を見るモードがあるのだが、デフォルメされたミニキャラが動くようになっており、ストーリーを追うことはできるものの、どうしても表現力は乏しい。それだけに、この「A3!」の世界にいる観客と同様に舞台を味わうことができるというのは、この舞台化に大きく期待するところだっだ。
「天使を憐れむ歌。」は月岡紬(荒牧慶彦)演じるミカエルが人間の女性に恋をするところから物語が始まる。その女性は死期が迫っており、ミカエルはなんとか彼女に幸せになってほしいと願いながら手紙のやりとりを続ける。そして最後には彼女を救い、ミカエルは消えてしまうという悲劇だ。
MANKAI STAGE 『A3!』ではミカエルだけでなく、ミカエルの親友であるラファエルの芝居が強く目を引いた。何度説得しても人間と関わることをやめないミカエルに対するもどかしさや葛藤が伝わってくる。
さらに、ミカエルとラファエルの関係は、紬とラファエルを演じる高遠丞(北園涼)の関係にも重なり、よりいっそう彼らのすれ違う気持ちに胸が締め付けられた。
また、作中でMANKAIカンパニーと勝負することになるGOD座の作中劇も見どころである。GOD座は丞が所属していた劇団で、紬がオーディションに落ちて一度演劇の世界から離れた原因にもなった因縁の相手だ。GOD座は、主宰の神木坂レニ(河合龍之介)の手による派手な演出や物語で大人気の劇団だ。
GOD座による芝居の内容は原作ゲームでも詳しい描写はない。しかし、今作では楽園を追われた天使ルシファーが主人公のハードな物語が上演された。
飛鳥晴翔(伊崎龍次郎)によるほぼ1人芝居でありながら、派手でスケールの大きな物語を感じさせ、GOD座が強敵であることが伝わってくる。
原作を飛び越えて新しい感動を与えてくれるというのは、2.5次元舞台というジャンルにおいて最高の形だということを実感させられた。
演劇が好きだからこそ実感できる面白さ
今作を見ていて強く感じるのはということだ。見ている私たちも、舞台上で演じている登場人物たちも「やっぱり舞台って面白い!」という気持ちを共有している。これによって舞台上と客席が一体となっているようにも感じるのだ。
だから、舞台が好きならばMANKAI STAGE 『A3!』を是非一度見てほしい。きっと今一度、舞台の良さを実感できるはずだ。
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