朗読劇「いつもポケットにショパン」~2nd Lesson~は、尾崎由香×高野洸、楠田亜衣奈×橋本祥平、愛原実花×永塚拓馬、天野はな×天﨑滉平、大坪由佳×染谷俊之、楠田亜衣奈×小笠原仁、渡辺みり愛×海渡翼、畑芽育×小林裕介といった人気声優・俳優がペアとなり日替わりで出演した。(※1月20日回は松田るかに代わり楠田亜衣奈が出演)
同舞台は、1980〜1981年にかけて『別冊マーガレット』(集英社)で連載された、くらもちふさこの漫画が原作。2019年に初演され、今回はシリーズ第2弾の再演となり、脚本を吉田玲子が、演出を酒井麻衣が担当。
2.5ジゲン!!では1月19日の大坪×染谷ペアのマチネの様子をお届けするとともに、染谷に単独インタビューを実施。キュンキュンする気持ちと、人を愛する苦しさが綯い交ぜになった本作をどう作り上げていったのかを紐解いていく。
染谷「声を荒らげて演じるのは珍しいかも知れない」
中央にグランドピアノが配置され、パステルカラーの効いた柔らかな印象を受ける舞台構成。初めにバルーンをふわりと舞い上がらせながら登場したのは主人公・須江麻子(大坪由佳)。そこに楽しげに加わってくるのが彼女の幼馴染・緒方季晋(染谷俊之)。季晋のポケットの中のチョコレートを嬉しそうに探るあどけない姿から、彼らがまだ小学生くらいの年齢だということが見て取れた。
本作はピアニストになることを夢見る2人の、11歳から高校生までの成長を追っていくため、身振り手振りはもちろんだが声の変化も鍵となる。染谷は「稽古の時は照れがあったんです。男性の小学生役って、声を高くするだけだと女の子になってしまうんですよね。とはいえ僕に11歳の頃の声は出せないわけで。だからこそ気持ちだけは無邪気になろうと考えました。麻子ちゃんのことを『好き!好き!』っていう気持ちを大切にしようって」と明かした。
もう一つ注目すべきはショパンの名曲の数々を生演奏で味わうことができる点だ。冒頭の2人の無邪気なシーンでは『子犬のワルツ』、葛藤や戸惑いのシーンでは『革命のエチュード』など、ストーリーに合わせて曲が変わり、2 人の激情や喜びといった感情の微細な起伏も逃すまいと一音一音を鍵盤で紡ぎ出し、まるで音の渦が目に見えるようだった。
劇中どうしても気になった点がある。ピアニストは客席に背を向ける形で演奏しているのに、2人のセリフの言い始めと弾き始めのタイミングがぴったりと揃っていた。キャストの様子が目視できないのになぜこうも完璧に曲が走り出すのか疑問に思い染谷に聞くと「実は僕たち2人が劇中に両手を上に掲げると、ライトが(自分たちの周りに)当たるので、それをきっかけにして曲がスタートしていたんです」とのこと。なるほど、キャストと演奏者がこんなにもシンクロしていた理由は緻密な演出が隠されていたということだ。だからこそ、麻子と季晋がピアノを弾くシーンでも、実際には鍵盤に触れてもいないのに、まるで自在に音を操って弾いているかのように見えてくる。
ほのぼのしたシーンから一転し、麻子と季晋に最初の試練が立ちはだかることに。ドイツに音楽留学した季晋と彼の母親・華子が列車事故に巻き込まれ、母は死亡、季晋は行方知れずとなってしまう。大学時代に華子をライバルだと認めていた麻子の母・愛子はその訃報に静かに涙を流した。
その涙には旧友を亡くしただけではない、あらゆる感情が秘められていた。実は彼女たちの間にはピアニストとしての競争心や、恋敵としての愛憎が渦巻いており、そのしわ寄せが子供である麻子と季晋にまで密かに及んでいたのだった。息を引き取る間際に季晋へと華子が残した言葉がその後ずっと彼を苦しませることとなり、麻子との関係を一気に氷点下まで冷えきらせた。
しかし愛子は華子の憎悪も嫉妬も全て知っていたのだった。その行き場のない寂しい感情を吐露するシーンの、大坪の表現方法はとにかく鳥肌もので、どうやっても昇華できないのに相手を想う狂おしさが観客の心を更にかき乱すのだ。
季晋の感情変化について「もしかしたらここまで声を荒らげて演じるのは珍しいかも知れないですね。(憤る)理由が仕方なさすぎるんですよ。誰が悪いわけでもないから。その理不尽な部分が今回あんなふうに表に出たんじゃないかなと思います。小さいころに言い聞かせられたことって、それが当たり前だと思い込んでしまいますよね。それだけ親の言葉には重みがあるのではないでしょうか」と染谷は回答した。
ちなみに染谷自身の親からの教えを聞くと「全然方向性が違うんですけど、テレビのアンテナコードを接続する穴があるじゃないですか。僕、お母さんに幼稚園くらいの時に『そこから毒ガスが出るから触らないで』って言われて。結構大きくなるまで『あ〜そういえばここから毒ガスが出るんだもんなぁ』って思い込まされていたんですよね…。小学校6年生まで信じていました(笑)」とピュアすぎる染谷少年の貴重なエピソードが飛び出した。
さらに染谷は、音楽や楽器にまつわる思い出について「メサイアという作品で『G線上のアリア』をバイオリンで弾く演技をさせていただいたんです。実際には僕が弾くわけではなかったのですが、バイオリンの構え方がすごく難しくって。この位置に弦があると音は鳴らないからこの高さで構えて…などなど。バイオリンの先生に構え方を見ていただいたり、個人的に朝練をしたりした、とても思い出深い曲です」と、またまたファンにとってはたまらなく懐かしい話が披露された。
ずっと変わることのなかった、ポケットの中のぬくもり
時は過ぎ白川音楽学園高等部に入学した麻子は季晋と再会を果たす。衝突を繰り返す中で生まれる摩擦熱が2人の間の氷を解かしていく。再び距離が近づいたことで、麻子は数年後しに季晋のポケットに手を入れ、その温かさが一切変わっていないことに気づくのだった。
この舞台で本当に、本当に「一度生で見ていただきたい!」と筆者が推すシーンがある。それはクライマックスの、競い合ったコンサートのあとに2人が顔を合わせる場面。ようやく想いが通い合い、しんと静まり返った会場内に『バシンッ!』と台本が床に投げ捨てられる音が響く。その直後に何振り構わず走り出した季晋が麻子を強く抱きしめるのだ。
全てが最高潮に達し、その感情を後押しするようにエンディングソングが流れ始めるともう、感無量! もし次回、3rd Lessonが実現した際にはぜひこのラストシーンにも注目してみてほしい。おそらく今ここで記事を読んだ数十倍、会場で見た時に衝撃を得られるはずだ。
最後に染谷は「本番前にピアニストの日向(みのり)さんと、大坪さんと緊張しますね〜とお話ししていたんですけれども、開幕が近づくと吹っ切れて、僕は思いっきり演じさせていただきました。あのラストシーンも、僕の高ぶった感情が皆さまに届いていたら嬉しいです」と残した。
取材・文・撮影:ナスエリカ
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