2020年7〜8月に上演されるミュージカル『憂国のモリアーティ』Op.2 -大英帝国の醜聞-に出演する、シャーロック・ホームズ役の平野 良とマイクロフト・ホームズ役の根本正勝による兄弟対談が実現した。
前編では、初共演となる2人の互いの印象についてや、シャーロックに兄弟という要素が加わることで起こる新たな変化や見どころについて語ってもらった。
後編となる本記事では、本作の見どころのひとつである音楽の力や、劇場に立てない日々が続いた中で感じたことについて、たっぷりと胸の内を聞かせてもらった。
舞台上の「無言のわがまま」がオンリーワンの物語を紡ぎ出す
ーー前作は音楽がとても印象的でしたが、今作はいかがですか?
平野 良:今回、曲数が増えました。正直大変です(笑)。こんなに聴いたことないっていうくらい、毎日楽曲を聴いてますね。(鈴木)勝吾くんとも話していたんですが、ミュージカルは「歌える」がゴールじゃない。ミュージカルだから良かったっていうところにたどり着くまで、今は全速力でフル回転してますね。
楽曲の難易度が前作をはるかに超えてきたので、音楽を手掛けるただすけさんに「ちょっとひどくないですか!?」って伝えたんですよ。そうしたら「ごめんね。前作を観ていけるって思っちゃった」って言われました(笑)。
根本正勝:より高みを目指してほしくなっちゃうんだろうね。
平野:でも、これが完成したら「めっちゃおもろい!」っていうのも理解できるので、そこにたどり着きたいですね。
根本:どう考えたって、音楽は見どころのひとつだもんね。
平野:ミュージカルなんで、難しそうな歌でも「難しそう」って思われたら負けなんです。耳に内容や情報が入ってくるのはもちろん、そこに隠された感情もビシバシ伝えられないといけない。「どう歌唱するか」をしっかり考えつつ、プラスしてシャーロックの気持ちを歌唱で伝える、というところにこだわっていきたいです。
実は稽古が始まる前にいくつか取材を受けていて、そのとき別作品の稽古でミュージカルの深さに触れていたのもあって、「ミュージカルなんで歌をこだわりたいです」ってさんざん言いまくったのを、楽曲見てからめちゃくちゃ後悔しています(笑)。
ーーご自身でハードルを上げてしまったんですね(笑)。前作も音楽にすごく感動したのですが、では今作はそれをさらに上回るものが観られるんですね。
平野:上回らないとね。ピアノとバイオリンの生演奏ってすごく贅沢なんですけど、パーカッションがない中で常に体内でリズムを刻みながら歌うっていうのは音大も出てない身としては難しくって。それを自分のものにしなくちゃって頑張っているところです。
根本:僕は今回初めてですけど、客観的に見ていて思ったのは『憂国のモリアーティ』だからこの曲調なんだろうな、っていうのがすごく伝わってくるんですね。階級制度を壊したいとかドロっとしたものを表す曲調としては、観ている方はワクワクするな、と。でも実際やる側にまわると「おお……」って感じだね(笑)。
ーーやはり生演奏でのミュージカルは演じる方としては大変なんでしょうか?
平野:僕個人はそういう作品が好きなので、楽しいですね。今日のこの物語だったら、もうちょっとテンポ上げていきたいって思うと、合わせてくれたり。ここはもっと深くいきたいって思ったときも、すぐに合わせて音の深さを変えてくれたり。
バイオリンの林(周雅)くんしかり、ピアノの(境田)桃子さんしかり。本番中の無言のわがままを本当によく聞いてくれるんです。「平野くんはこうしたいんだろうな」ってすぐ寄り添ってくれるので、すごく楽しいですね。
ーー演奏のお2人に注目すると、また違った作品の楽しみ方ができそうですね。
平野:ぜひ注目してもらいたいですね。この作品で一番疲れるの、なんたってあの2人ですからね! ずっとステージ上にいますから。
根本:そうだよね。幕間の休憩しか休めないもんね。
平野:速い曲が多いから、ピアノなんて本当にエグいと思いますよ。ミュージカルって本番数日前にピアノの方が合流して、稽古場ピアノは別の方が担当することが多いんですけど、前作では桃子さんは稽古場ピアノからずっと一緒にやってくれていたんです。カーテンコールですごい拍手が2人に送られたときはお客様にも伝わったんだって、すごく嬉しかったですね。
ーー音楽の面でも期待は高まるばかりですね。本番を楽しみにしています。
「めちゃくちゃ楽しい」演劇の楽しさを実感する稽古場
ーー集まってやる稽古というのは久しぶりだったと思うのですが、久々の舞台稽古はいかがですか?
平野:稽古もマスクをしてやるので、顔の半分以上が見えないんです。感情のやりとりがやっぱり少し希薄になってしまって、帰ってきたけどまだ本当には帰ってきてないっていう感覚ですね。
根本:自分では感覚を戻しているつもりなんだけど、まだ戻ってないのかなっていう瞬間があるんですよね。あとやっぱり今はこういう状況なので、気を配ることが多いじゃないですか。普段なら「こう行きたい」って思うところでも、「あ、いまはそうしちゃダメだな」とか。そういう気持ち悪さはまだ拭えないですね。
平野:それはすごくありますよね。でも、楽しいは楽しいですよね。
根本:そうね、それは本当にそう。
平野:リモート系の演劇をいくつかやらせてもらっていたんですけど、まあ大変でした。楽しさはあるけど、リモート系のお芝居ってやっている方としては、相手の目を見ないでカメラを見てお芝居するので、実際に相手の表情を受け取ってお芝居ができない。だから、今までのお芝居を頼りに「こういう表情かな」って想像してやるしかなかったんです。
でも今こうして稽古が始まって、(鈴木)勝吾くんと対峙すると、目しか見えないけど、こっちが一瞬“揺れ”を作ると向こうもその揺れを拾ってくれる。演劇の楽しさは実感していますね。
根本:リモートを体験した上で、みんなで顔を合わせてやれるってめちゃくちゃ楽しい。実際に人と会うってこんなにいいことなんだな、って。今まで当たり前だったけど、そのありがたみを強く感じますね。
演劇だからこそ伝えられるもの。ステイホームで見つめ直した舞台の魅力
ーー舞台ファンも思うように劇場に足を運べない状況が続いていますが、改めてお2人が考える舞台の魅力とはなんでしょうか?
平野:僕いろんなところで言っているんですが、日本におけるエンタメって、海外でいう宗教観みたいなもので、人を支えるものだと思うんです。この作品を観たから救われたとか、支えられるとか。軽視されることが多いけど、人が健やかに生きるために絶対に必要なもの。
その中で演劇を生で観るっていうのは、これだけ至高の空間だったんだなって、この期間を経て強く感じましたね。非日常じゃないですか。劇場に足を運んで頂いて、世界観を味わってもらって。しかも今作はミュージカルなので、普段の生活じゃ絶対聴かない爆音で心がビリビリくる音を聴く。そういう日常じゃたどり着けない心の揺れ動きを演劇は提供してくれるものだし、提供しなきゃいけないなって思っていますね。
自粛期間中、リモート飲み会とかもしてなかったので、本当に人と会うことがなかったんです。ずっとゲームをやったりして、意外と人と会わなくても大丈夫だと思った自分もいるんですけど(笑)、それでもやっぱり心が動かなくなってくるんですよね。
心の振り幅が狭くなっていくんです。その中で3週目くらいかな。久しぶりにリモートですけど朗読劇をやって、泣きそうになるくらい楽しかったんですよね。僕の中ではより一層、エンターテインメントをやる意義みたいなものが濃厚になった気もしますね。
根本:やっぱりどこまでいっても、舞台の良さは生なんだなと。今回、こういう出来事があって、より一層やる側も観る側もそれが強くなったと思うんです。劇場に予定を立てて、チケットを取って、その場所にその時間に行かないと観られないというのは、ものすごいことだと思うんですよ。
劇場というワクワクする空間に入って作り上げられたものを目の当たりにして、普段聴くことがない音とかを体感して、作品の中に生きている人たちを感じ取って。五感で感じるっていうのが、舞台の良さなんですよね。
目の前で人がなにか熱を持ってやっていることを目の当たりにすると、「自分もこんな感情湧いてくるんだ」っていう単純作業が舞台のいいところだし、同時に、こういう部分がある限りいつまでも舞台って消えないだろうなって思っているんですよ。
ただ、今回こういう経験をして、今後もしかしたらできないかもしれないって感じたことで、今まで感じてた尊さがより尊く感じるというか。やる側からしても、今までもそうだったけど、今まで以上に「この1作、1回にかけたいな」って思うようになったかな。
平野:命を懸けてこの仕事をするって覚悟を持ってやってきましたけど、このご時世で客席数が制限されたり他の作品ではチケット代が上がったりっていうこともあって、舞台はより高価で希少なものになる。敷居が高くなる。その分、来ていただく方に持って帰ってもらうものはしっかりと考えなきゃなって思いますね。
値段を上げるのも製作側の自由、その値段を見てチケットを買うかどうかもお客様の自由。その中で「この値段を出しても絶対に観たい」っていうところまで昇華した内容のものを作らないといけないな、と強く思っています。
チケット代がこのまま2倍とかになっていったら、それだけの額を1回の演劇に使うのって相当な覚悟なんだから、それなりのものをお返ししないとダメだなって思うんですよね。しっかりとした、その人の人生の支えになる何かを与えるだけの技術と経験でお届けしたいな、という責任感を感じていますね。
ーー今回の「モリミュ」でどんなものを届けていただけるのか楽しみにしています。最後に、作品を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします。
平野:我々はこの作品に対して思い入れを持って命を懸けて、文字通りリスクを考慮した上で、情熱を持っていいものを作ろうと必死に作っていきます。でも、観に来ていただく方がそれを受け取るかどうかは自由なので、ただ単純に「あ~たまらなく面白かった!」という1つ目のハードルをしっかりクリアできるようにしたいなと思っています。
ミュージカルなので音楽の持つ力でみんなの心を揺らし、動かせるように頑張らなきゃなと思っていますので、どうぞ楽しみにしていてください。
根本:演劇というのはどこまでいっても夢のある世界だと思います。人に夢を見てもらうまでには、大変な作業と苦悩がつきまとうというのはみんな覚悟してやっていると思いますので、この稽古期間中にみんなで葛藤を共有して作り上げていきたいです。観に来てもらう方にはワクワクした気持ちで来てほしいですね。
実際に観て、「舞台っていいな」とか「芝居している人たちって好きだな」とか「明日も頑張れるな」とか。少しでも自分の人生が好きになってほしいなって思いますし、必ずなると思います。なので本当に楽しみに来ていただけたらなと思っています。
演劇へのほとばしる想いが凝縮された作品に
今回のインタビューを通して強く感じたのは、2人のこの作品への、そして演劇への情熱である。その想いがステージ上で一体どんな形を成すのか見届けなくては…。そんな使命感に駆られるほどの熱のこもった話を聞かせてくれた。
ミュージカル『憂国のモリアーティ』Op.2 -大英帝国の醜聞-という作品を観て、どんな想いが胸に残るのか。劇場や配信で、この作品が生み出す世界観と向き合ってみてはどうだろうか。
撮影:ケイヒカル
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