連載コラム「吉谷晃太朗のマチソワタイム」vol.42
演出家・吉谷晃太朗さんが若手俳優をランダムに紹介していく連載コラム。第42弾は桑野晃輔さんの魅力に迫ります。
アクサル第8回公演「WILD ADAPTER」、舞台「カレイドスコープ」などに出演してきた桑野さん。約20年来の付き合いという吉谷さんは、彼の成長と演劇に対する理想的とも言える姿勢を称賛します。
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桑野晃輔について
20年近く前、私がかつて劇団に所属していた頃、まだ10代の新人俳優が劇団に入ってきた。少年期から青年期へと変わる頃の純朴な男の子。それが晃輔だった。
純粋に夢を追う演劇少年は、実に初々しく常に一生懸命で演技に食らいついていった。自分の思い通りに出来なかったことで、出番の交代をさせられたこともあり、涙を流している姿も目撃している。
久々に舞台「カレイドスコープ」でご一緒した時は本当に嬉しかった。当然私は彼に対して思い入れが強い。成長した晃輔とどういうセッションが出来るのだろう。自分自身の成長もまた彼に見せたいとも思えた。
ありがたい再会だ。あの頃の記憶も蘇り、この世界で一緒に過ごしている意味も感じることが出来る。この再会は劇団時代の時間が特別なものだと感じさせてくれた。
稽古中、晃輔があるシーンでなかなか自分の進みたい方向に気持ちと体が向かわず、シーンを繰り返し何度も稽古したことがあった。
「時間を頂いてすいません!」と現場のメンバーに謝っていたが、そういう作業こそが真実への道なのだ。その葛藤している姿は周りにも波及して良い影響を与えるし、演技を追求するとはそういうことだと改めて感じることが出来る。
器用に一瞬で気持ちに落とし込むこともすごいことだが、「そうじゃない」と何度も自分と会話することもまた容易いことじゃない。
葛藤こそが役と自分との距離を縮め、深堀りをする。
人間は葛藤することで軋轢が生まれ、その葛藤が晴れることで光を見出すことが出来るからだ。桑野くんの演技への向かい方は人間を作り上げる為の最適解だと思う。
現場では常に一つ一つ見せ方や心の変化の流れを考えながらこだわって作っていく。特に気持ちの面で腑に落ちなければ何度も何度も葛藤し、解体して再構築していく。
過ごした時間は違えど、私と同じ師のもとで演技を勉強した私と晃輔。心を繊細に作り出す師の演技論を今でも実践していることが嬉しかった。
そして聡明な彼は気持ちの積み立て方も論理的で計算されている。そこに信念と情熱が加わって、より深い演技となるのだ。
心と体の中で行われる計算式は相手役や観客の目には見えずとも、嘘のない心情構築に絶大な威力を発揮する。
若手俳優のみんなは桑野くんの演技の積み立て方を学ぶと良い。苦悩と葛藤の末に作り上げられる演劇的エネルギー。その錬成の仕方を知ることが出来るはずだ。
桑野くんがそういう立場になっていることが本当に嬉しかった。
彼は後輩であり戦友だ。また再会を望む。
マチソワとは――昼公演という意味の「マチネ」と夜公演を意味する「ソワレ」を組み合わせた言葉。マチソワ間(かん)はマチネとソワレの間の休憩のこと。
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