連載コラム「吉谷晃太朗のマチソワタイム」vol.38
演出家・吉谷晃太朗さんが若手俳優をランダムに紹介していく連載コラム。第38弾は小西詠斗さんの魅力に迫ります。
「地縛少年花子くん-The Musical-」では花子くん役で主演を務めた小西さん。「清廉潔白」という言葉をイメージさせ、さらに「センス」と「静」を身につけている小西さんは、今後のさらなる活躍が約束されていると、吉谷さんは言います。
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小西詠斗について
彼と出会って新世代の若い俳優たちの時代が来たなと思い知らされた。
Z世代の彼らは本当にセンスがいい。あらゆる情報や経験のシャワーを浴びながら生きてきた彼らにとっては、舞台に立つ上での様式や見せ方における方程式を理解するのに時間はかからない。
瞬間的に色々なことを理解していく。我々の世代が時間をかけて理解してきたものを容易くクリアしてしまうように思える。様式美や方程式を全てカジュアルに着こなしてしまうという感覚だ。舞台の上が特別というよりも、バリアフリーのように敷居なく、存在出来てしまうカジュアルな世代。素晴らしい世代だなと強く感じられる。
それに付随するデメリットとして考えつくのは、「こなせる」ことでフレッシュさや真正直さを失ってしまうことだ。人間力で勝負する俳優という職業にとっては重要な要素の損失である。
しかし小西君には、「こなし」たり「すれ」たりする要素が一つもない。
清廉潔白というイメージがピッタリと合う。誠実にステージに立つ姿は、本当に清々しく美しい。
それは万人がもつ特性ではなく、私自身、「清廉潔白」という言葉を久々に発した程、余程のことがないと表すことがない特性である。
また小西君は書道や弓道で培った「静」の一瞬を感じられるし、その立ち居姿が美しい。2次元でああいうような汗すら美しい絵を見たことがある気がする。彼には3次元の熱量とか、そういうものでは推し測れない魅力があるのだ。
そして彼は素材そのもので勝負が出来る。余計な味付けはいらない。
「地縛少年花子くん-The Musical-」で見せた怪しさやコミカルの中にある影や闇のようなものを表現するにも、その静の佇まいがとても有効に感じられた。また幽霊という役柄の浮遊感は、彼の持ち前の静かさや身軽さにより生み出されていった。
もちろん初主演ミュージカルということで、苦労をしている姿も目の当たりにした。
確か共演の安里勇哉と一緒に帰って、ものすごく些細な問題に引っかかって「どうすればいいんだろう…」と悩みを打ち明けた結果、悩む程でもないことだと分かって、「そういうことか!」と感動していた姿があった。等身大で無邪気に一生懸命生きている(死んでいる)「花子くん」という役柄とシンクロしていた瞬間だった。
様々なことを吸収していく年齢で、天性と経験に基づく「センス」と「静」を身につけている彼にとっては、技術のプラスアルファが余計な化学反応をせずに素直な動力となっていく。
素材の良い彼はどんな役柄だって似合うだろう。
彼が活躍していくことは約束された道なんだと思う。
恐るべき世代に生きる恐るべき若手俳優、小西詠斗。
清廉潔白にそのまま突き進んでいってほしい。
マチソワとは――昼公演という意味の「マチネ」と夜公演を意味する「ソワレ」を組み合わせた言葉。マチソワ間(かん)はマチネとソワレの間の休憩のこと。
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