連載コラム「吉谷晃太朗のマチソワタイム」vol.26
演出家・吉谷晃太朗さんが若手俳優をランダムに紹介していく連載コラム。第26弾は上田悠介さんの魅力に迫ります。
ミュージカル「ヘタリア」シリーズのドイツ役などを務めてきた上田さんについて、少年のような無邪気さと直感的なセンス、2つの軸から紐解いていきます。
* * *
上田悠介について
子供のように無邪気であること。私が演劇アカデミーで学んだ最も重要な俳優の佇まいがそれだ。
舞台の上では常に色々な発見をし驚き感動する。これが演技的マンネリズムから脱却できる唯一の方法となる。そんなことを考える夏の終わりのこの時期に、ふと私の脳裏に浮かぶ俳優。
鍛え上げられた大きな体なのに虫取り網とかごを持って蝉を追いかけているような、カブトムシを捕まえてニンマリしているような、夏休みの宿題を慌ててやっているような…私の郷愁イメージの中に何故かふと出演してくる。
それが上田悠介である。
彼が稽古に向かう姿勢はまるで、何かに夢中になっている少年のようである。その姿勢で得られるものはとても多いのだ。
演技はもちろん経験や知識、分析に裏打ちされて作り上げられるものであるが、それと同時に固定概念や慣れ、承認欲求など、削ぎ落とさないといけないものが多い。
削ぎ落とした結果、キャラクターの感情を本当に体感できる道が開ける。無邪気に人が起こす何かに感動して、何かの事件に素直に驚く。演技で最も必要なことはそれだ。
そういう意味でも彼は俳優の素質としてとても優れているものを持っている。
幼少の頃、蝉を追いかけていた彼(私のただのイメージ)は、いつの日からか白球を追いかける野球青年となった。
いつかの舞台稽古で彼は「千本ノック」を求めてきた。
「千本ノック…?」
稽古における千本ノックとは、彼が言う台詞に対して「もっとこう」「そうじゃない」と演出家がまるでノックのようにダメ出しをすることらしい。
そんなもの、俳優にとっては苦痛の時間じゃないかと思うのだが、千本ノックの後、彼はニンマリしながらこう言った。「いやー気持ちよかったっす、またやってください」と。
彼は努力を厭わない。努力すればするほど楽しめる。それは才能であろうことは、何かに打ち込んだ人ならわかるだろう。そんな自分への向き合い方は、俳優にとって貴重な時間となる。
そして俳優は肉体を駆使して表現する。ある種、アスリート的な感覚は非常に大事である。
「Don’t think, feel」
(考えるな。感じろ)
本番でも稽古でも不意の出来事に直感で動けることは求められるし、台本というある意味、行動の理屈が書かれた設計図に対して、理屈で向き合うよりも直感で動くことで、演技は重層的なものとなる。
高校球児だった彼のポジションはピッチャーだったらしい。「無邪気」「直感」、彼はこの二つの球種を武器に、甲子園…いや、様々な舞台に挑んでいるのだと思う。
年齢を経ても童心を忘れない俳優は、その年齢とのギャップが振れ幅となる。
今後もそんな少年俳優は、キレのあるストレートな演技、また様々な変化球を投げ続けられる俳優になってほしい。
マチソワとは――昼公演という意味の「マチネ」と夜公演を意味する「ソワレ」を組み合わせた言葉。マチソワ間(かん)はマチネとソワレの間の休憩のこと。
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