コラム

丘山晴己、ステージに立つために生まれてきた男【演出家・吉谷晃太朗 連載コラム】

連載コラム「吉谷晃太朗のマチソワタイム」vol.12

演出家・吉谷晃太朗さんが若手俳優をランダムに紹介していく連載コラム。第12弾は丘山晴己さんの魅力に迫ります。

吉谷さん演出のミュージカル「スタミュ」シリーズ、ドラマ&舞台化プロジェクト「KING OF DANCE」に出演してきた丘山さん。俳優としての本質を誰よりも楽しんでいると、吉谷さんは言います。

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丘山晴己について


以前僕が個人的に彼についてのコラムのようなものを書かせてもらった時から比べて、とても印象が変わった気がした。その頃はエンターテイナーとしての彼の魅力について書かせてもらったが、何度かご一緒させて頂いたり、彼の出演舞台を拝見し、俳優としての下支えとも言える力にとても感心した。

彼の魅力はなんと言っても何事も楽しんでいることだと思う。それは前からの印象と変わらないのだが、僕が少し勘違いしていたのは、歌ったり踊ったり、いわゆるショー的なものに対してのことだと思っていた。

でも彼の本質はきっとそうではなくて、演じることそのものを楽しんでいるのだ。

舞台に立つことの楽しみ方はいくつかある。拍手をもらったり、人に喜んでもらうこと。大きな声を出し、汗をかくこと。緊張感の中で人前に立つこと。神々しい光や大音量の音楽を浴びること。何者かの人生の擬似体験を行うこと。

この中で、最後に書いたものが俳優としての最も本質的なものであると僕は思うが、彼はその本質的な部分を誰よりも無邪気に楽しんでいると思う。

ともすれば辛い人生の擬似体験をしなければならない俳優という職業。

どういうメカニズムで楽しめるかというところだが、人は悲しみや苦しみによっても、心を揺さぶられること自体に幸福感を得られるということらしい。

それは『生きている実感』とも言えるだろう。人間という感情動物の持つ大きな特徴である。

その本質的の楽しみ方を知っているからこそ、どんな種類のステージでも、どんな役回りでも、彼は俳優としての輝きを放つのだろう。もちろん感情形成にはたゆまぬ努力が必要である。

まさにステージに立つために生まれてきた男なのではないだろうか。

SNSでは全力で陽気な『はるちゃん』を見せ、ステージでは俳優として人間作りを楽しむ。

ファンに見せる表側と苦労も伴う裏側。彼がプレイヤーとして面白いのは、その両面に魅力があるからだ。

そう言えば先日拝見した舞台も四方を観客に囲まれたステージだった。正面や背中の芝居、あらゆる丘山晴己を楽しませてもらった。

今後、簡単には理解出来ない物語のステージに彼が存在していたとしても、彼の俳優としての佇まいは常に観客に楽しさを生み出してくれることだろう。

俳優の本質をエンターテイメントとしてきっちりと捉えられる男。

それが『はるちゃん』であり『丘山晴己』だ。


マチソワとは――昼公演という意味の「マチネ」と夜公演を意味する「ソワレ」を組み合わせた言葉。マチソワ間(かん)はマチネとソワレの間の休憩のこと。

WRITER

吉谷 晃太朗
								吉谷 晃太朗
							

演出家・脚本家
大阪府出身。同志社大学文学部卒業。高校在学中より劇団ひまわり大阪俳優養成所に入所。その後大阪シナリオスクール、伊丹想流私塾を卒業し、男性演劇ユニット「Axle(アクサル)」に脚本家、演出家、俳優として参加。人気漫画の舞台化で人気を博す。ミュージカルやショー、アクション物、新喜劇など、幅広いジャンルで活動中。

Twitter:https://twitter.com/koutaroyositani

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